ミズホの里に到着した一行は見覚えのある木造の門を潜り、里の中心に位置する屋敷へ向かった。
しかし、快く一行を迎えたタイガから発せられた言葉はレアバードの所在ではなく「試練」の二文字。
その言葉に、しいなの肩がびくりと震える。
「レアバードを奪還してもヴォルトのマナが尽きればまた墜落するだろう。そこで、レアバード奪還前にヴォルトとの契約を済ませるのだ。…しいなよ、辛いだろうが越えねばならぬ試練ぞ」
「あ、あたしには……出来ません!」
取り乱した様子で屋敷を飛び出したしいなに、そこに居た誰もが声を掛けることは出来なかった。
普段気丈な彼女があれだけ恐怖に慄く姿は、シルヴァラントから共に旅をしているクレア達すら見たことがない。
「しいなは一度ヴォルトとの契約に失敗しているのだ。…頭領が目を覚まさぬのも、その時の事故ゆえ」
タイガが部屋の奥に視線を遣ると、そこからは何かを覆うように天井から簾が垂れ下がっていた。
話の流れから推測する限り、どうやら事故で意識を失ったミズホの頭領が眠っているようだ。
「だが、しいなが真に恐れているのは失敗そのものではない。自分が失敗することによって大切な仲間が、お主らが傷付くことを恐れているのだろう」
「結構有名な話なんだぜ?ミズホの民の四分の一が死んだ。強がってはいるが、あいつ、この里じゃ――」
ゼロスの言葉の途中で、ロイドは勢いよく部屋を飛び出した。
「大丈夫だよ!いざとなったらコリンがしいなを助けてあげる。昔、しいながコリンを助けてくれたみたいにさ!」
ふさふさと豊かな尻尾を揺らし、懸命にしいなを励ましているのは彼女の友人であるコリン。
しかし、その親友の声ですら今の彼女には何の効き目もないらしい。
鮮やかな九本の尻尾がへにゃりと元気を無くしたその瞬間、突如頭上に黒い影が降り掛かった。
「…聞いただろ?あたしがヴォルトとの契約に失敗して、それが原因で大勢の人が死んじまったこと」
「聞いた。…だから何だ?」
「だからっ、あんた達もまた殺しちまうかもしれないじゃないか…!」
膝に置かれた両手に、力が篭る。
「俺達は死なない。しいなは成功するから」
「どうして…!どうして成功するって言えるんだい?あたしは一度失敗してるんだよ!?」
「成功する。だって俺達は何度もしいなの精霊に助けられてる」
例え背中を向けていても、ロイドがどんな表情で何を思ってこの言葉を発しているのか、しいなには痛いほど理解出来た。
けれど、否、だからこそ、再び大切な仲間を傷付けてしまうかもしれないという現実に、忌まわしい過去に、立ち向かうことが怖いのだ。
「しいなは昔のしいなじゃない。もう精霊と契約を交わしてるじゃないか」
「そうだよしいな。コリンも協力するよ!」
「…もし、またヴォルトが暴走したら…?」
「俺がヴォルトをぶった切る。それで終わりだ。……な?」
あの日からどれだけの月日が流れたのだろうか。記憶は決して風化することはなく、色濃く脳裏に焼き付いている。
苦しむ間もなく息絶えた仲間達。自身を庇ってヴォルトの攻撃を受け、未だに目を覚まさないミズホの頭領。
これから先も、一生忘れられない記憶として残るだろう。
(……あたしは…)
しいなはゆっくりと立ち上がり、漸くロイドを振り返った。
彼の表情を見れば一目瞭然、先ほどの言葉が上っ面だけのものでないことが伝わってくる。
旅を続けて分かったことだが、ロイドはそんな性格ではない。何よりも仲間の為を想う、真っ直ぐな人物だ。
「…分かった。やってみるよ」
傷跡も癒えていない、恐怖も拭えた訳ではない。
けれど、大切な仲間の命を救う為、過去の自分と決別する為、しいなは大きな一歩を踏み出した。
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