「…この、臭い…」
部屋の奥から漂う異臭に、クレアの思考は一時停止する。
震える両足に命令を下し、覚束ない足取りで台所を抜けたクレア達一行を迎えたのは、凄惨な光景だった。
「…そ、んなっ…!」
椅子に腰掛けるプレセアの横に安置されているのは、簡素な造りの木造ベッド。
シーツの間から覗くそれは、かつて人間だったであろう『モノ』
腐敗した肉体は所々鼠や虫に食い破られた跡があり、最早人の形を成していなかった。
「…おいおいおい。シャレになんねーぞ」
「…どうして、こんなことに…!」
「…恐らく、エクスフィアの寄生の為よ。ベッドの中の人間がどうなっているのか、プレセアには分からないのね」
震える声で言葉を吐いた二人に答えるリフィルも、必死に声を絞り出しているようだった。
ロイドは大きな鳶色を更に見開き、コレットとクレアは顔を真っ青にしながら何とか堪えている。
勢いよく部屋を飛び出したジーニアスを一瞥し、リーガルは虚ろな瞳で亡骸を見つめるプレセアに声を掛けた。
「プレセア。一緒に来ないのか?」
「仕事…。しないといけないから…」
抑揚のない声で必要最低限の情報を伝えると、プレセアは棚に向かって走ってゆく。
そこから布切れを取り出し、壁に凭れさせていた斧に手を伸ばした。
「…プレセアは、置いて行きましょう」
「こんな所にか!?」
「無理に連れ出そうとすれば彼女が暴れるだけよ。私達だけでアルテスタの所へ行って、要の紋の修理について聞いてきましょう」
亡骸を目前にしているにも関わらず、まるで魂のない人形のように黙々と作業を続ける少女を見て、ロイドはリフィルの案が正しいことを悟る。
一行が部屋を後にしてからも、プレセアはただただ斧を磨き続けていた――。
*prev top next#