「…私…村へ帰りたい」


ミズホの里を後にした一行がアルテスタの家へと歩みを進めている途中、プレセアが誰となく呟いた。

これまで王城侵入以降も一行と行動を共にしていた彼女だったが、帰るべき場所があるのだ。

いつまでも連れ回す訳にはいかない。


「そうね。ご両親も心配していることでしょうし、先にオゼットへ向かいましょうか」














森を抜けたにも関わらず、陽の光がうっすらとしか差し込まないこの村は《森閑の村 オゼット》

その名の通り、辺りを見回しても緑しか見当たらない小さな村だった。


(…?)


緑豊かといっても村に明るい雰囲気は漂っておらず、そしてまた、一行は村人達から痛いほどの視線を浴びていた。

侮蔑と恐怖とが入り混じった視線に、ひそひそと耳打ちする誰かの声。

それらは決して心地のよいものではなく、少しでも早くこの場を離れようと歩みを早めた、その瞬間。


「…プレセア、待って!」

「おっ、おい!クレア!」


何の前触れもなく、突如としてプレセアが村の奥へ走り去ってしまう。

それにいち早く気付いたクレアが彼女を追い掛け、ワンテンポ遅れてロイド達が二人に続いた。


(…さっきの人達の視線は…私達、というよりプレセアに向けられてた…。それに…)


気掛かりなのは、プレセアを指差した少年が母親と思われる女性に耳打ちした言葉。

「成長しない」って、どういうこと…?

クレアは闇が深まっていることに脇目も振らず、小さな背中目指して走り続ける。


(…あ、あれ…?)


しかし、幾つかの角を曲がるうちに鮮やかな桃色を見失ってしまう。

慌ててきょろきょろ辺りを見回すと、古びた一軒の家屋がひっそりと佇んでいた。

軒先に見付けたプレセアに声を掛けようと身を乗り出せば、彼女と会話をしていた中年の男がそれに気付く。


「…助かりますよ。おや、あちらもお客さまですかな?」


怪しげな雰囲気を漂わすその男は、眼鏡越しにクレアの姿を捉える。

男が僅かに目を細めると、電流のようなものが全身を駆け巡った。

これ以上近付くのは危険だと第六感が警報を鳴らしたその時、息を切らした仲間達がやって来る。


「…プレセア!クレアっ!」


男が視線で促すと、プレセアは無機質な瞳でロイド達を捉え、呟く。


「運び屋…」

「ほう、運び屋さんですか…」


男は、クレアからコレットへ視線を移した。


「プレセア!要の紋を作らないと!」

「仕事…さよなら…」


ジーニアスの呼び掛けも虚しく、軋んだ音を立てて開いた木製の扉は、すっかりプレセアの姿を覆い隠した。


「教会の儀式に使う神木は、プレセアさんにしか取りに行けないんですよ。彼女がやっと戻って来てくれて、こちらも大助かりです。ふぉっふぉっふぉっ」


男の姿が深緑に紛れて見えなくなると、長い緊張感から解放されたクレアは、ふぅ、と短い息を吐いた。

それに気付いたリフィルが、彼女の背中を撫でてやる。


「ありがとうございます、先生。…先生?」

「…あの男、ハーフエルフだわ」


男が消えていった方角を見つめ、リフィルが呟く。

テセアラでのハーフエルフの扱いは異常なほどに残酷だ。しかし、男は怯える様子もなく一行の前に堂々と姿を現している。

一体どういうことだと口を開こうとした皆を制したのは、プレセアが消えていった扉を見つめるリーガルだった。


「とにかく、一度プレセアと話をした方が良かろう」


確かに、彼の言った通り一刻も早くエクスフィアから流れ出る毒を制御しなければ、彼女を待ち構えている運命は『死』のみ。

一行はプレセアの後を追い、彼女の家へ足を踏み入れた。


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