イセリアを抜けて森の入口が見えてきた頃、ひとつの曲がり角がある。そこを左に曲がれば、ディザイアンの駐屯地「人間牧場」が姿を現す。

「人間牧場」とは、その名の通り「人間を収容する施設」で、そこでは人々は過酷な労働を強いられていた。
少しでも休憩しようものなら容赦なく鞭が飛ぶ。

人間はまるで家畜のように扱われていた。


「マーブルさん!」

「ジーニアス!…そちらはお友達?」

「ああ、ロイドだよ」

「よろしくね」


にこり。
白髪の老女マーブルが微笑んだ。
けれどその笑顔は弱々しく、彼女が疲弊していることを物語っていた。

煤けた服の下から覗く痛々しい痣はきっと、ディザイアンによるものなのだろう。


「マーブルさん、見た?神託があったんだよ」

「ええ。救いの塔が見えたわ。これでようやく神子さまの再生の旅が始まるのね。今度こそ成功して欲しいわ…」

「コレットは大丈夫かな…」

「マーテルさまに祈りましょう。神子さまを導いてくださるよう…」

「…ん?ばーちゃん」

「マーブルさん、だろ!」

「…マーブルさん。それ、エクスフィアじゃないか?」


マーブルの手の甲で小さな宝石が輝いた。
青色のそれは、まるで寄生しているかのように、彼女の肌にしっかりと根をおろしていた。

宝石を一撫でし「ここに来てすぐに埋め込まれたんだけれど…」と、彼女は言う。


「うん、やっぱりエクスフィアだ。でも要の紋がついてないな。要の紋がついてないエクスフィアは体に毒なんだぜ」

「要の紋って何?体に毒って?」

「エクスフィアは肌に直接つけると病気になるらしいんだ。それなのに、肌に直接つけなきゃ意味がない。だからエクスフィアから毒が出ないように制御するまじないを特別な鉱石に刻み込んで土台にするんだ。それが要の紋だよ」

「でも、マーブルさんのエクスフィアにはその土台自体がないみたいだよ」

「まじないを彫るだけなら俺でも出来るんだけど、土台になる抑制鉱石がついてなけりゃどうにもならねぇ…」

「そんなー!何とかしてよ!」

「簡単に言うなよ。本当は要の紋ってのはドワーフの特殊技術なんだぞ」

「ロイドのお義父さんもドワーフだろ。ねぇ、ダイクおじさんに頼んでよ」


懇願するジーニアスに、ロイドぽりぽりと頬を掻いた。

ダイクに頼めば要の紋の作成ぐらいわけはないだろう。だが、問題は「どう説明するか」だ。
ダイクには、日頃から人間牧場には関わるなと強く言われている。

が、しかし目の前に困っている人がいて、なおかつ親友が「助けてほしい」と懇願しているのだ。
悩むまでもなく、ロイドの答えは決まっていた。


「…分かったよ。仕方ないな。親父に頼んどく」

「やったね!だからロイドって好きだよ!」

「無理はしないでね」

「そこのババァ!何をしている!」

『!』

「いけない!ディザイアンが来るわ。二人ともお逃げなさい。さあ、早く!」

「でも、このままだとばーちゃんが何をされるか…」

「分かってるけどどうしようもないじゃない。ボク達がここにいるのがディザイアンに知られたら、マーブルさんも村の人もどうなるか分からないんだから!」

「そうよ、早く行きなさい!」

「…ごめんな、ばーちゃん」


小さくなってゆく背中を見つめ、マーブルは静かに瞳を閉じた。
背後には複数の足音と鞭のしなる音が。

けれどマーブルは胸の前で手を組み、二人が無事に逃げられますように。
と、祈りを捧げた。


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