「…あ、ちょっ、ちょっと待って…!」


ぬいぐるみを元あった位置に戻し、ベッドの上から飛び降りて脱ぎ散らかしたブーツを回収する。

それを履きながら慌てて扉を開けると、現れたのはがくりと項垂れるゼロスの姿。


「…ど、どしたの?」


ただならぬ雰囲気を纏った彼にその理由を訊ねると、隣部屋のロイド達がうるさくて眠れない、と返ってきた。


「がきんちょはロイドくんと一緒に燥いでるし、リフィルさまの部屋からは奇妙な笑い声が聞こえてくるしで、落ち着かねぇのよ…」


うんざりだと言わんばかりに肩を竦めるゼロス。

眠りに就くには些か早い時間ではあるが、久しぶりに一人の時間が出来たのだ。

普段賑やかな彼でも、静かに過ごしたい時があるだろう。


「…お願いクレアちゃん!皆が寝静まるまで俺さまのこと匿ってちょーだい!」

「ん、分かった!」


両手を合わせて懇願するゼロスに二つ返事で頷いたクレアは、微塵の疑いをかけることなく彼を招き入れた。

あまりにあっさりとしたその反応に、ゼロスは扉の前で立ち尽くしてしまう。


「…ゼロス?」


不思議に思ったクレアが名前を呼べば、ゼロスは下品な笑い声を上げて扉を閉めた。









備え付けのティーポットで湯を沸かし、二つのカップに紅茶を注ぐ。

心配そうにこちらを見遣るクレアの視線を一身に受けながら、ゼロスは目前に差し出されたそれに口を付けた。


「ん、うまいな」


お世辞でも何でもなく率直な感想を述べると、クレアは安堵の表情を浮かべる。

えへへ、と照れ臭そうに微笑む彼女に素朴な疑問を投げ掛けた。


「紅茶、好きなの?」


ふと、クレアの表情が僅かに曇る。

それに気付き、別の話題を探そうと部屋の中を見回した時だった。


「…お母さまがね、よく淹れてくれたんだ」


その語り口から、彼女の母親がこの世に存在していないことは見て取れる。

ごめんな、漸く音にすることが出来たその言葉にクレアはぶんぶんと首を振った。


「…ううん!天使さ…じゃなくてゼロスにおいしいって言ってもらえたんだから、お母さまも喜んでくれてるよ!」

「…そっか」


刹那、二人の間に沈黙が流れた。


「…クレアちゃんはさ、どうして俺さまのことを天使さまって呼ぶの?」

「…えっとね、夢の中で逢うゼロスの背中に金色の綺麗な羽が生えていたから、だよ」


首を傾げながらそう答えると、ゼロスの蒼色が大きく見開かれる。

しかし不思議そうに自身の顔を覗き込むクレアに気付き、慌てて笑顔を取り繕った。


「でひゃひゃ!夢に出て来るなんて俺さま愛されちゃってる〜!白馬に乗った王子さま、ってか?」

「…えへへ、そうだね!」


満面の笑みでそう返されてしまえば、面食らったゼロスはソファーからずり落ちてまう。


「私にとっても皆にとっても、ゼロスはたった一人の存在だよ!」


真っ直ぐで裏のないその言葉に、ゼロスは思わず苦笑を漏らした。














to be continued...

(10.05.01.)


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