「お帰りなさいませ、神子さま」
クレア達一行を迎えたのは、人柄の良さそうな初老の男性。
上質な生地で作られたのだろう仕立ての良い黒いスーツを身に纏っている。
「何か変わったことはあったか?」
広い部屋の中央に置かれているソファーに腰掛けたゼロスは一礼する執事にそう問うた。
「教皇さまとテセアラ18世陛下の使者より、神子さまが戻られ次第通報するようにと仰られましたが」
「無視していいからな」
執事の言葉を遮るようにゼロスが言えば、彼はそれ以上詮索することなく「左様でございますか」と頭を上げた。
「そちらさまは…?」
先程から何度も感嘆の声を漏らすクレア達を一瞥し、執事が小さく声を上げた。
まずシルヴァラントでは目に掛かることがないような豪奢な内装に、しいなとプレセアを除く皆が目を瞬かせている。
「俺さまのハニー達。てけとーにくつろいでくれや」
ゼロスが言うと、一行に向き直った執事は心の臓に手を翳し、深々と頭を下げた。
「何かございましたら私セバスチャンまでどうぞ。ハニーさま」
しいなの知り合いが勤めている精霊研究所で足を確保した一行は、準備が整う翌日までをゼロスの屋敷にて過ごすこととなった。
楽しい談笑を終えて太陽が傾きかけた頃、クレアはセバスチャンの誘導で宛がわれた一人部屋に向かう。
「こちらになります」
黄金色のドアノブを回すと、まるで絵本から飛び出したような煌びやかな景色が視界一杯に広がる。
きらきらと目を輝かせて頬を赤く染め上げる少女の様子を一瞥したセバスチャンは、ごゆっくり、と呟き部屋を後にした。
「…あっ、ありがとうございます!」
部屋の雰囲気に見惚れるあまりお礼を言いそびれてしまったクレアは、急いで部屋を飛び出し階段を下ろうとしていたセバスチャンの後ろ姿に声を掛ける。
彼は柔らかい笑みを浮かべて一礼すると、再び段を下り始めた。
「…えへへ」
部屋へと戻ったクレアの頬は、誰が見ても分かるぐらいに緩みきっていた。彼女はそれを隠す様子もなく、後ろ手に扉を閉めてブーツを脱いだ。
恍惚とした表情で見つめる視線の先には、純白のベッドが。
「…少しぐらいなら、良いよね…?」
言い聞かせるようにして小さく呟くと、少しの助走をつけてベッドに飛び込んだ。
スプリングの軋む音が耳に届くとほぼ同時に身体が跳ね、シーツに埋めた自身の頬でその柔らかさを堪能する。
「…ふわぁ…!もふもふする…!」
ぴっちりと皺一つなく伸ばされたシーツを崩すは惜しいと思ったものの、ベッドに飛び込みたい衝動には勝てなかったらしい。
ぴょんぴょんと、下の部屋に響かない程度の勢いでベッドの上を跳ね回った。
「…きゃうっ!」
一際高く跳ねようと勢いをつけたその時、シーツに足を取られたクレアはベッドの中心に逆戻り。
それさえもが楽しく感じ、くすくすと笑いながら寝返りを打って両手を広げると、柔らかい何かが左手に触れた。
「?」
手に取って眺めてみると、それが小さなクマのぬいぐるみであることが分かった。
あまり手入れされていないのか被っている埃を優しく払うと、首元で結ばれたリボンに刺繍が施されていることに気付く。
「…セ、レス…?」
所々ほつれているそれを声に出して読むと、コンコンというノック音が広い部屋に響いた。
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