『ああーっ!!』


サイバックの街中に響き渡るほど大きな声を上げたのは、目を真ん丸に見開いたロイドとジーニアス。彼らは頬を真っ赤に染め上げ、クレアからゼロスを引き剥がした。


「なっ、何やってんだよお前!」

「何って、キス?」

「そんなこと見れば分かるよアホ神子!ボク達が聞きたいのは…」


ひゅん!風を切る音が聞こえた瞬間、ゼロスの頬を鋭い何かが通過した。

恐る恐る触れてみると、生暖かくてぬるぬるした感触に、ちくりと走った小さな痛み。

グローブに赤い染みを作ったそれは、ゼロス自身の血液だった。


「なっ…」


突然の出来事に後退った子供達には目もくれず、ゼロスは鋭い何かが向かって行った先へと視線を遣る。

彼を迎えたのは、ふわりと揺れる金糸。


「…コレットちゃん?」

「………」


コレットの両手には円盤の武器、チャクラムが握られていた。真新しい血液が付着しているところを見れば、彼女が犯人で間違いないのだろう。

無機質な瞳がゼロスの蒼色を捉えると、リフィルが二人の間に割って入った。


「いい加減になさい、あなた達。クレアが困っているでしょう?」


そう言って彼女が送った視線の先には、ぽかんとした表情で三人を眺めるクレアの姿。しきりに目を瞬き、僅かに首を傾げている。

すると数秒間の沈黙の後、コレットはゼロスに背を向けた。適切な表現とは言い難いが、折れた、ということなのだろう。


「…ああっ!」


間の抜けた顔でその場に立ち尽くしていたクレアだっが、突如何かを思い立ったらしく、急いでゼロスの元へと駆け寄った。

ぱっくりと開いた痛々しい傷口に手を翳し、治癒術を唱え始める。


「ゼロス…だいじょぶ?痛くない?」

「…ああ、ありがとう。クレアちゃん」

「どう致しまして!」


えへへと笑うクレアの背後で、赤い瞳がぎらりと光る。

痛いほどの殺気を感じたゼロスは、抱き着こうと伸ばした行き場のない両手を大人しく下ろすことにした。


(会話するのも命懸け、ねぇ…)


割りに合わないんじゃないの、声に出そうとした言葉の続きは喉笛の辺りで突っ掛かり、誰の耳に届くこともなかった。


「どしたの?ゼロス」

「…いや、何でもねぇよ」


心配そうに見上げるクレアに対してにこりと微笑めば、彼女の眉尻が僅かに下がった。

え、俺さまちゃんと笑えてない?

などという不安が頭を過ぎったが、万が一にもそんなことはないだろう。今までこの笑顔を向けて微笑み返さなかった女性はいない。


「…クレアちゃ、ふおっ!?」


自身の頬へと伸ばされた彼女の人差し指が、ぐいぐいと容赦なく頬骨を押し上げる。取分け痛い訳ではないのだが、身体がうまく反応出来なかった。


「…うんっ!」


満足そうな表情を浮かべたクレアは、一つ頷いて指を離した。

一体何だったんだ、訝しげに彼女の顔を伺えば、栗色の瞳が細められる。


「ゼロスは、そうやって笑ってる方がいいよ!」


それだけを言い残し、クレアは先を行く仲間の元へ走り去ってしまう。

風に揺れる栗色を捉えると、ゼロスの唇が微かに弧を描いた。


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