かつん、とコレットのブーツが地面に触れ、音を立てた。膝裏に回していた手をゆっくり下ろし、私の身体は自由になる。驚愕する女性達を余所に、唯々、遠くを見つめるコレットに抱き付いた。
「…あっ、ありがとう、コレット…!」
瞳からはぽろぽろと涙が零れ落ちる。死ぬということが怖かったから、という理由も勿論あるが、心を失っているはずのコレットが助けてくれたという現実に、思わず涙腺が緩んでしまったのだ。
その様子を伺っていた女性達が口々に騒ぎ出し、漸く事態に気が付いた。クレアはコレットへと伸ばしていた腕を解き、恐る恐る後ろを振り返る。
「あ、危ないわね!」
「ちょっと、何ぼーっとしてるのよ!?」
「神子さまにぶつかるところだったじゃない!」
未だ羽をしまう様子のないコレットを背に隠し、女性達へ謝罪の言葉を述べようとした時だった。
「まあまあ、おさえておさえて俺さまの可愛いハニー達♪そこのキュ〜トな彼女〜怪我はない?」
女性達の中心にいた人物が、クレアの目前に立っていた。燃えるような紅い髪に、整った顔立ち。蒼い瞳が楽しそうに細められ、クレアの肩へ手を伸ばす。
しかし、目にも止まらぬ速さでコレットがそれを掴み、勢いよく空中へと放り投げた。
『きゃああああ!!ゼロスさま!!』
「ふぇ…?」
華美な衣装の女性達もクレアも、ゼロスと呼ばれた男の行方を目で辿る。
彼は空中で身を翻し、何事もなかったかのように着地した。袖のない上着が風に揺れる。二の腕まである手袋を嵌めた手で汚れてはいないであろうズボンを払い、コレットへと歩み寄った。
「いや〜、驚いた。天使ちゃん、強いね〜。俺さま、超びっくり!」
真紅の髪が、風に靡く。その姿にクレアははっとする。
夢で見ていた天使さまは紅い髪だった。雪の中で出会った少年は、蒼い瞳を持っていた…。もしかしたら…ううん。もしかしなくても、天使さまだ…!
嬉しさのあまり、自身の頬へと伸びる手に気が付かなかった。
「ハニーのお名前は?」
「…はにー?」
クレアの頭上に疑問符が浮かぶ。それを見たゼロスは肩を落とし、わざとらしく落胆してみせる。
「おっと、その様子だと俺さまをご存じない?これはこれは、俺さまもまだまだ修行不足だってことだな〜」
クレアの頬にある手を顎へと向かわせた時、女性達が騒ぎ始める。天使の仮装をした金髪の少女に至っては、隠し持っているのであろう武器へと手を伸ばしていた。
「ゼロスさま!行きましょうよ!」
「おっと、そうだな〜。じゃあまたどこかで。クールな天使ちゃんと…」
そう言ってゼロスはクレアへ顔を近付ける。吸い込まれてしまいそうなほど美しい蒼から、目を逸らすことが出来ない。
「…キュートな天使ちゃん♪」
耳元で囁き、顎に添えていた手を離す。ゼロスは女性達を引き連れ、ひらひらと手を振りながらその場を後にした。クレアは暫く何が起こったか分からずぼうっとしていたが、事態を飲み込むと耳まで真っ赤に染め上げ、
「うにゃああぁあぁ!」
――と、悲鳴を上げた。
*prev top next#