文 | ナノ





 春風吹く窓外では桜の花びらが舞い散っている――ユウヤが神谷家に住まうことになってから早一ヶ月が経とうとしていた。
 きっかけはというと、大した理由はなく、一時的にという条件で預けられたようなものだから、詳しい話は聞かされていなかった。ただそこで初めて知ることが出来たのは、神谷コウスケの印象が昔と少し変わったということだ。彼は意地悪だ。
「ユウヤ、」
 廊下で呼び止められて振り向くと、眼前にはコウスケの顔が迫っていた。少しでも動けば唇が触れそうな距離である。小柄なユウヤは反応する間もなく、それを避けることも拒むことも出来ないまま口付けられた。不意打ちだ。
 彼とのキスは必ずと言っていいほど唐突だ。その度に完全に主導権を握られているのだとひしひし感じる。誰かが通るかもしれないのだから、せめて場所を考えてほしいという願いもむなしく、そのまま抱き寄せられて、何度もついばむように角度を変えてきて、酸欠になる頃ようやく唇が離れたかと思うと、彼は決まったようににやりと笑った。次の行動はもう分かっている。まだ息が整っていない僕の頭にぽんと手を置いてきて、「可愛い」などとほざくのだ。考えただけでも腹立たしい。
 何をするにもコウスケには敵わない。特に身長差とはどうしようもないものだと思う。成長期とはいえ、おそらくもう自分の背が伸びないだろうということをユウヤは知っていた。理由などはない。ただ、何となくである。敢えてこじつけの理由を述べるなら、イノベーターでの人体実験の影響とでも言うべきか。なんて、考えてみるだけでも物悲しい。仮に自分の背が伸びたとしても彼を越せるほどには届かないだろう。多少は年の差があるものの、現状的に背伸びをしてようやく彼の隣にちょうど届くくらいである。しかし、コウスケは姿勢が悪いからきちんと比べれば差は広がるだろう。それに女性みたいにつま先立ちでキスをしたいわけではないのだ。
 その上、コウスケからのキスにこれといった深い意味があったことは指で数えるほどしかない。ほとんどが「ただしたかったから」の一言で済まされる。それがユウヤは気に食わなかった。彼の自分勝手さには呆れる。しかしそれを羨ましく思う自分も何処かにいる気がした。
 この差がなければ僕からキス出来るのに――これは、彼の隣で過ごしている時にいつも劣等感に包まれながら思うことである。
 そんな心情を察することなく、コウスケはまるで何事もなかったかのようにCCMを弄り始めた。少し悔しい。
「コウスケは意地悪だよ」
「そうかな」
「そうだよ」
 不満気に呟いてみせても彼の表情に変化はない。それがまた悔しかった。
「身長、伸びないかな」
「君には僕を越せないよ」
 ぐりぐりと頭を撫でられる。この感覚は嫌いじゃないけれど、身長が縮んでしまいそうだからやめてほしいのに。きっと彼は確信犯だ。ため息をつき見上げると、コウスケは憎たらしいほどに笑っていた。



縮まらないこの差が憎くて(この差がなければ僕からキス出来るのに)
title:無気力少年。
ユウヤ受企画二人にしようよ提出作品
(素敵な企画ありがとうございました!)



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