05.五日目












「えいっ!」
「…遅い」




どしゃっ、

突き出された訓練ナイフを捕らえる前に、足を掛けられ地に倒れ込む。
尻餅をついた私の目の前に、ぴしりとナイフが向けられた。




「いたた…やっぱりミカサには敵わないか…」
「ナマエは、動作の振りが大き過ぎる。それじゃあ私でなくても避けられてしまう」
「そうかなあ…」




ううん、やっぱり私もまだまだだなあ。
土を払って立ち上がると、ミカサがきょろきょろと辺りを見回して、一点を指差した。




「あれを、よく見ていて」


ミカサの示す方に目を向けてみると、同じように訓練をしている彼女の幼馴染みが居た。







「…エレン?」
「違う。エレンじゃなくて、ライナー」
「ライナー?」




よくよく見てみると、エレンがナイフを翳す先にはライナーが居た。
そういえば、最近あの二人はよく組んでるな、と思い出す。
同時に、最近私がよく話す蝉の彼が、ライナーに重なった。







「ライナーの動きをよく見ていて」

ミカサの言葉に従って、ライナーの動作を観察する。
相手が彼だからか遠慮無しに仕掛けるエレンを、造作もなく捕らえてナイフを奪った。
その動きは洗練され、寸分の無駄もない。
未熟な私から見ても、その技術は素晴らしく高度なものだった。




「…すごい」
「ライナーは、相手の次の手を読んで、最小限の動きで制している。ナマエも筋は悪くないから、あんな風に無駄なく動ければ格段に上達すると思う」
「…うん…」



ミカサの指摘を耳にしながら、じっとライナーの技を観察する。
が、ふと顔を見てしまうと、また蝉の彼が思い浮かんだ。
……今頃、何をしてるんだろう。
いつもの場所でライライ鳴いてる?
甘い樹液を探して飛び回ってる?
それとも…






「ナマエ」
「っはい?!」



思考が脱線していたせいか、ミカサの呼び掛けに驚いてしまった。
無意識に肩が跳ねた私を怪訝な目で見ながら、ミカサは訓練の続きを促す。
何度か横目にライナーをとらえながら、ナイフを持ち直すミカサに続いた。










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「はあ…あちこち痛いや…」




訓練後、痛む身体を摩りながらとぼとぼと森へと足を進める。
結局、あの後もミカサに敵う訳も無く、私はやられっぱなしに訓練を終えた。
ミカサ、本当に容赦無いんだもん…彼女は私には甘い方だと思うけれど、それでもやはり厳しい。
それも愛の鞭だと思えば……いや、あの目には完全にエレンと組んで貰えない八つ当たりの念が篭っていた。
手加減してくれてるだけマシか、という結論に至りながら、森の奥へと到った。










「あれ?ライナー?」




いつも留まっている木の前で、足を止める。
しかし、そこに目当ての蝉の姿はなかった。




「ライナー?居ないの?」


おかしいな、普段ならこの辺に居る筈なんだけど…
耳を澄ましてもミンミンと平凡に鳴く蝉の声が響くだけで、彼の声は聞こえない。
ぐるりと辺りを見渡してみても、ライナーの影すら見えなかった。







「ライナー!」




名前を呼んでも、返事はない。
周辺の森を隈無く探してみたけれど、姿も声も、見付からなかった。
どこか行ってるのかな?
故郷に帰った、とか?
なら、一言くらい言ってくれても……





「…私、何言ってるんだろ」






そうだ。何故私に一言残す必要があるだろうか。
彼は蝉で、私は人だ。
彼からしたら、自分より大きな私を恐れはしても心から仲良くなるなんて…ある訳がなかったんだ。
そもそも本来なら話すことすら叶う筈のない生き物同士。
ましてや、私が勝手にここへ来て勝手に話し掛けているだけなのに。
そんな私に、彼を探す資格など、ないのかもしれない。









「……ライナー、」




呟いた彼の名は、蝉時雨の中に消えた。















love for a week 5/7



(彼に会えないだけで、こんなに寂しくて、こんなに悲しいなんて)