03.白薔薇
「……っもおぉぉ!なんなのここ…!!」
受付の階段を降りたはいいものの、其処はまるで異世界だった。
所々で絵画や彫刻が飾ってあって、古い美術館のような雰囲気なのだが、何故かその作品が、動く。
絵画に描かれた女性が飛び出して額縁引っ提げて追い掛けてきたり、首の無いマネキンの像が追い掛けてきたり。
もう超怖い。まじで怖い。
母さんに、乱暴な言葉は使っちゃいけません、て言われてたけど、今くらいは言っても許されるよね。
「はあ、はあ…まじありえない、きもい、ぐろい、なんなのあれ…」
なんで絵が飛び出るの、足無いじゃん手で這ってくんなきもい、なんで彫刻が動くの、頭無いじゃんそれ前見えてんのあんた!?
…はあ。
少し落ち着いて、逃げ込んだ扉の前にへたりこんだ体を起こした。
幸い、奴らは他の部屋までは追ってこないようだ。
全面が真っ白に塗られた部屋を見回すと、壁際に本棚が幾つか並んでいる。
本棚の上に、抱っこサイズの青い不気味な人形がひとつこっちガン見して座ってるけど、関わりたくないので気にしないことにした。
そんなに広くない部屋の中心には、小さな机がひとつ。
その机の上に置いてある物に、私は興味を引かれた。
「…花?」
近付いてみると、白い花を活けた花瓶だと分かった。
一輪の、白い、薔薇。
「きれい…」
そっと手に取ってみる。
瑞々しく、美しく咲き誇る白薔薇。
不安に強張った心が、少し癒された気がした。
花瓶に戻そうと手を伸ばすと、ふと水が入ってない事に気付いた。
「こんなとこに水も無しに置いてたら、枯れちゃうよね…」
よし、持っていこう。
水に活けてあげなきゃ、可哀想だし。
薔薇の茎をリボンタイに絡ませて、落ちないように胸元に差した。
「…さて、先に進もうかな」
いつまでも此処に居たって仕方無い。
さっき走り回ってる時に見た限りでは、降りてきた筈の階段は、まるで初めから無かったかのように壁になっていたし。
先に進むしか、道はないのだ。
よし。行こう。
深く深呼吸をして、次の扉を開いた。
「………」
ばたん。
…前言撤回。
もうちょっと休憩。
……だ、だって、扉開けたら、絵画の女がっ、赤いのと青いのが、うようよして…!!
「やだやだ怖い怖い怖い」
泣きながら扉に凭れ掛かって、はっと気付いた。
「……イヴ…」
そうだ、イヴを探さなきゃ。
あの子だって、怖い目にあってるかもしれない。
さっきみたいな奴等に襲われてるかもしれないんだ。
「…しっかりしろ、ナマエ!お姉ちゃんでしょ、私がイヴを守らなきゃ!」
ぱんっ、と膝を叩いて立ち上がる。
気合いを入れ直して、扉に手を掛けた。
「……ん?」
ドアノブを捻る際に、ふと目をやったのは、本棚の上の青い人形。
相変わらずこっち見てる、きもい。
「……あ、そうだ」
「とええええええい!」
ばんっ
勢いよく扉を開けて走り出す。
此方に気付いた女達が、一斉に襲いかかってきた。
…っ、怖い怖い怖い怖い、だけど、怖いけどっ…!
「私がっイヴを守るんだからぁ!」
叫びながら右手に振りかざすのは、先程の人形。
ぶんぶん振り回して、迫り来る敵をぶん殴った。
何度かの曲がり角で転びそうになりながらも、無我夢中で白い廊下を走り抜ける。
やがて、通路の先に扉が見えてきた。
あの扉の向こうにさえ行けば、逃げ切れるっ…
がしっ
「ぎゃあああああああ!!」
べしっ
「いやああこないでえええ」
扉を開けた瞬間、後ろから肩を掴まれた。
驚いて即座に振り向き、人形で裏拳を繰り出す。
無我夢中でそのまま人形を投げつけ、速攻で扉を開けて中に入った。
閉める時に、マネキンが人形と一緒に吹っ飛んでくのが扉の隙間から見えた。
「はあ、はあ…」
やった、やったよイヴ!
お姉ちゃん頑張ったよ!
やれば出来るじゃない私!
ううん、なんか解んないけど、すごく達成感!
「よし、この調子でどんどん進むぞー」
妙な達成感により鰻登りのテンションのまま、意気揚々と廊下の先へと歩き出した。