01.美術館



「さあ、着いたわよ。イヴは美術館、初めてよね」
「うん、美術館ってどんなものがあるの?」
「今日観に来たのは『ゲルテナ』っていう人の展覧会で、絵の他にも彫刻とか……色々と面白い作品があるらしいから、きっとイヴでも楽しめると思うわ」
「へえ…」
「ゲルテナって、凄く才能ある人でね、もうその独特な世界観と言ったら、言葉じゃ表しきれない程の魅力が…」
「はいはい、早く受付済ませちゃうわよ。」
「お母さんひどい。きいて!」
「お姉ちゃん、その話始めると、長いんだもん」
「ナマエは本当にゲルテナが好きだなー」
「うんっ、大好き!」







家族と笑い合いながら、足を踏み入れた美術館。
今此処で行われているのは、私の好きな芸術家、ワイズ・ゲルテナの展覧会だ。
母からの影響を受けて彼の作品に惚れ込んだ私は、今日のこの日この時を待ち侘びていた。





「ねえ母さん、私、イヴと先に行っててもいい?」
「もー、ナマエったら。仕方ない子ね」
「はは、焦らなくても絵は逃げないよ」
「でも、早く見たいんだもん」
「全く…美術館の中では静かにしてなきゃダメよ?」
「解ってるって!」
「……ま、イヴがいるから心配ないと思うけど」
「母さんひどい」


くすくす笑う母さんに、私はむうっと口を尖らせた。
そりゃあ、念願のゲルテナ展覧会でテンションおかしいけど、美術館には何度も行ってるし、これでももうすぐ成人しちゃうんだから!



「はいはい、じゃあ、イヴをよろしくね、お姉ちゃん?」
「うん、任せて!じゃあ行こっか、イヴ」
「あ、待って、お姉ちゃん」


繋いだ妹の手を引いて、私は足早に館内へ急いだ。











「あ、これ雑誌にも乗ってた絵だよ!」
「これ、ポスターの絵?」
「そうだよー、こんなに大きい作品なんだねぇ」


館内へ入って真っ先に目に止まったのは、広間の中心に配置された大きな魚の絵、『深海の世』。
展覧会のポスターにも使われている、今回の目玉ともいえる作品だ。
ポスターだけでなく雑誌や画集でも見たことはあるけど、やっぱり実物は圧巻だなあ…


「どうしたの、イヴ?」
「…これ、なんか怖い」

きゅっと握られた手に力が入る。
確かに、こんな大きな暗い色使いの作品は、ちょっと怖いかもね。


「じゃあ他の見よっか」
「…うんっ」


頷いたイヴの手を引いて、別の広間へ移動した。










一階のフロアを全て回り、二階へ上がった私達。
一階は主に絵画が展示されていたけど、二階は絵画よりも彫刻なんかの立体作品が多いようだった。



「像がいっぱい…」
「そうだね。ゲルテナって、いろんな芸術品、作ってたんだよ」
「すごい…」



イヴの視線の先には、三体の首の無いマネキンの様な像。
その先にも幾つか作品が並び、周囲の壁にも、沢山の絵画。
どれを取っても、素晴らしい作品だ。




「イヴ、こっちから順番に、ぐるって見て回ろうか」
「私、あっち行ってきていい?」
「あっち?…ああ、彫刻が見たいのね。じゃあ向こうから見よっか」
「ううん、お姉ちゃん、絵が見たいんでしょ?一人で行けるから、見てて良いよ」
「え?でも、一人で行かせるのは…」
「大丈夫だよ、ちゃんと良い子にしてるから」
「ううん…」



ちょっと心配だけど…イヴなら大丈夫かな?
私と違って落ち着いてるし、走ったり騒いだり、勝手に余所行ったりもしないかな。
…って、なんか私がガサツみたいじゃない。
そんな事は断じてないです。多分。




「まあ、イヴがそんなに言うなら。騒いだりしちゃ、駄目だからね」
「はーい」
「私反対側から回ってくから、一周したら此処で待ってるのよ」
「うん、分かった」




ぱたぱたと駆け足気味に歩くイヴを見送り、閲覧に専念する。



やっぱり、ゲルテナの世界って凄いなあ。
画集でも見たけど、実際目にしてみると迫力が違う。
それに、今回の展覧会はレプリカは一つもないから、全て本物。
このひとつひとつ、一筆一筆が、ゲルテナが触れて、作り出した物だと思うと…なんか、興奮しちゃうなあ。









「…あれ?」



フロアを幾分か回ったところで、一つの作品に目をとられた。





「これ、初めて見るなぁ…」


横長の大きなキャンパスに、暗色の独特な絵が描かれた、一枚の絵画。
これ、画集やパンフレットには載ってなかったけど…
これもゲルテナの作品?



「なになに…、『絵空事の世界』?」



タイトルも初めて見るかも。
…あれ?でも、そういえばパンフには、一階の『深海の世』が、今回の一番大きな絵画だって…






ちか、ちか






「あ、電気が…」


電気チカチカしてる。
蛍光灯切れそうなのかな?
天井に付けられた灯りがかちかちと何度か瞬いて、部屋の中が少し暗くなった。




「……なんか、怖くなってきちゃった」


早くイヴと合流して、父さん達のところに帰ろう。
そう思って、早足にその場を離れた。