くちびるでSummer!







「それじゃあ皆さん、この外出届にサインお願いします!」
「はーい」
「小松田さんて本当に真面目ですねぇ」




私の彼は、私の通う忍術学園の事務員。

いつも真面目で仕事熱心で、凄く優しい、とても素敵な人。













「小松田さんっ」
「あ、なまえ!」


ぱたぱたと駆け寄ると、彼は笑顔で迎えてくれた。



「お仕事お疲れ様です。お茶、いかがですか?」
「ありがとう、じゃあ少し休憩にしようかな」
「はいっ」


小松田さんは、もう一度ありがとう、と言って、私の頭を撫でた。






「それにしても、今日は外出する人が多くて大変ですねぇ」

学園の縁側に座り、一息ついて、話を切り出す。


「うん、もう夏休みだからね。皆実家に帰っちゃうから」
「そうですよねー」
「…なまえは、今年も学園に残るの?」
「はい、そのつもりです」


遠慮がちに訊く小松田さんに、私は出来るだけ明るい声音で返した。

私は今、親とは絶縁状態。
両親共に貴族の生まれだった為か、私が忍者になる事には猛反対された。
その事で父上と喧嘩して家を飛び出しそのまま入学、此処に来て以来、家には帰っていない。




「どうせ家には帰れませんし、今日にでも、学園長にお願いしようと思って」
「そっか…」

緩い相槌を返し、小松田さんはふと俯きがちに空を見て黙り込んだ。


「?どうかしましたか?」
「あ…いや、その……」


訊ねると、俯いたままの小松田さんの顔が、段々赤くなっていく。
一体、どうしたんだろうか。
少し心配になって顔を伺い続けていると、ちらりと横目で此方を見た彼と視線が交わった。
僅かに肩を震わせ、戸惑った様子で、小松田さんはゆっくり唇を動かす。




「…っその、もし良ければ、なんだけど…」

そう紡ぎ出した小松田さんは、またそこで途切れてしまった。
が、暫くして、意を決したように顔を上げると、身体を向き合わせ、私と視線を合わせた。







「…休みの間、さ…僕の家に、居ない?」
「……え…」



僕の、家に。
それは、宿泊…という意味で、いいんだろうか。
驚いて何も言わない私に不安を感じたのか、小松田さんは更に赤くなって慌てた。


「あ…っごめん、やっぱり何でもな…」
「……しい…」
「へ…」
「嬉しいっ!」
「え?うわっ!?」


思い切り抱き付くと、小松田さんはよろけながらも抱き留めてくれた。

「なまえ…?」
「嬉しい!ありがとう、小松田さんっ」
「良かったあ…断られるかと思っちゃったよ」
「まさか、断る訳無いじゃないですか!すごく嬉しいです。小松田さんからなら、どんなお誘いもお願いも、いつだって何だって受けますもの!」


そういうと、また赤くなってぎゅっと抱き締められる。



「ありがとう、なまえ。……じゃあ、さ、もうひとつ…いや、ふたつだけ、お願いがあるんだけど、良いかな?」
「勿論ですっ!何ですか?」

にこにこと見上げると、小松田さんはふわりと笑って言った。


「じゃあ、まず…敬語は、止めて欲しいな」
「え?」

私の髪を撫でながら、しっかり目を見て続ける。



「普通に、話して欲しいんだ。僕の、"恋人"として」


その言葉に、今度は私が赤くなった。



「小松田さん…うんっ、分かった!」
「ありがとう。それと、もう一つ…」

人差し指を私の口元に当て、軽く笑む。


「なぁに?」
「…名前、呼んで?」
「……え」
「小松田さん、じゃなくて、秀作って呼んで?」
「…秀作…さん?」
「さんはいらないよ?」
「〜〜っ……しゅ…さく…」


更に真っ赤になって、たどたどしく名前を紡ぐと、うん、よく出来ました、なんて微笑んで、大きな手で私の頭を撫でた。

「…じゃあ……秀作、わ、私のお願いも、ひとつ、きいてくれる?」
「勿論。何だい?」






「…あ、のね……ちゅ、して…ほしい、の…」



きっと私の顔は、今までに無い程真っ赤だと思う。
敢えてそれを隠さない様に少し見上げて言うと、小松田さ…秀作も、真っ赤になっていた。
けれど、直ぐに満面の笑みを浮かべると、そっと唇が重ねられた。
何度も角度を変える、深い口付け。
酸素を取り込もうと開いた隙間からは、舌が滑り込む。
直ぐに私のそれを絡めとられ、また苦しくなった。

「っん…ふぁ…」

苦しさと共にそれ以上の幸福を感じる。
何度も、何度も、舌を絡めた。
けれど暫くすると、苦しさが限界にきて、僅かに秀作の胸を叩く。
それに気付いた彼は、名残惜しく唇を離した。


「は…はぁっ」
「ご、ごめん…歯止めが利かなくって…大丈夫?」

申し訳無さそうに私の顔を覗き込む。
それがなんだか可愛くて、今度は私から触れるだけの口付けをした。


「……っなまえ…?」
「えへ…大好き、秀作」
「〜〜っ!!」

幸せな気分でいっぱいになって、何故か恥ずかしさを感じずにそう告げる。
と、秀作がいきなり抱き付いてきた。


「しゅ、秀作…?」
「…ごめん、もう無理かも」
「え…え?無理って何…っきゃ!?」

二人でドサッと倒れ込む。
縁側に打ち付けられた背中が少し痛い。
という事は、私が秀作に押し倒された形な訳で。
何が無理って、大体予想は出来る訳で…


「ちょ、秀…っ」
「頂きまー「小松田さーん!」



秀作が私の着物に手を掛けた時、門の方から彼を呼ぶ声がした。



「小松田さん、居ないんですかー?外出届出したいんですけどー」
「ほ、ほら、呼んでるよ、早く行かないと!」
「………」
「お仕事ほったらかしちゃ、駄目でしょ?」
「…………」
「は、早く行かないと、外出届、出さないまま出て行っちゃうよ?」
「……………分かった…」


渋々立ち上がり、門へ向かう。
途中、一度振り向いて、言った。



「…すぐ戻るから、僕の部屋に行って待っててね?」

「…!!…っは、ぃ……」





……結局、逃れる事は出来ないみたい。




「…でも、やっぱり期待してる…のかもね」

一人呟きながら、愛しい人の部屋へ歩き出した。









くちびるでSummer!




(夏休みがこんなに素敵だなんて、知らなかった!)