いちごみるくハロウィーン





「トリックオアトリート!」


10月31日、早朝。
通学路の曲がり角で待ち伏せして、勢い良く飛び出す。
しかし明王は一瞬目を見開いただけで、特別驚いた様子もなく直ぐに無表情になった。


「………」
「あれ?反応無し?」
「……何、その格好」
「何って、猫娘」


にゃあ、と言いながら、招き猫の様に手を拱いてみせる。
頭には猫耳カチューシャ、制服のスカートの中からは、尻尾。
何、と言われても、どこからどう見ても猫娘でしょーが!
……あれっ、もしかして、猫に見えないのかなあ?
耳も尻尾も、自分では結構自信作だったんだけど。


「おかしいなー、猫に見えない?ハロウィンだから、頑張って作ったんだけど」
「……ああ…そうか、ハロウィンか」


いきなりそんな格好で出て来るから、誘ってるのかと思った。
そんな事をさらりと言ってのける明王はやはり変態だ。
しかし私にはスルースキルが備わっているから華麗に無視!
折角のハロウィンなので、早速お菓子をねだることにした。


「って事で、お菓子くれないといたずらするぞー!」
「いや、お前その格好で…寧ろ、いたずらしたいというか」


またも変態発言をする明王の鳩尾をべちんと叩いて、何事もなかったかのように催促を続けた。


「お菓子!お菓子!」
「仕方ねぇなあ…ほら、手」


明王は呆れたように笑うと、ポケットに手を突っ込んでがさごそと探り出す。
えっまさか本当にくれるの?


「え、うわ、やった!ダメモトで言ったのに!」
「お前な…やっぱりやらん」
「え、わ、嘘嘘、ごめんなさい!」


慌てて謝ると、明王は面白いやつだな、とか言って笑いながら、その手を私の手に乗せた。
大きな手の下に見えたのは、小さな飴玉、ひとつ。


「えー、これだけ?やっぱり明王ケチだ!」
「じゃあ返せよ」
「いやーごめんなさいー!明王ひどいっ!」
「さっきからお前の方がよっぽど酷い事言ってるぞ」
「そんな事無いってばー」
「いやそんな事あるから。生憎、今はコレしか持ってねえんだ、我慢しとけ」
「うぅ…、はーい」


ぽんぽんと頭を撫でられ、なんだか子供扱いされた気分になってその手を払い除ける。
しかし、所詮反抗したところでお菓子は増えないし、大人しく飴を頂く事にした。
……あ、いちごミルクだ。
私これ好きなんだよねー。


「……なまえチャン」
「ん?なーに?」
「トリックオアトリート」
「へ?」
「お菓子」


飴を頬張って満足気に隣を歩いていると、明王が突如単語で会話し始めた。
何々、どうしたんだこいつ。
なまえチャン、トリックオアトリート、お菓子。って。超断片的。
またスルースキル発動してやろうかな?


「ハロウィンなんだろ?俺にもなんかくれよ」
「えっお菓子欲しいの?でもあたし、貰うの専門だから今何にも持ってないよ」
「いや…ひとつだけ、有るだろ?」
「は?」


頬に飴を象らせ、再度、持ってないよ、と呟く。
ほら、と大して物の入っていない鞄を広げてみせると、明王はにやりと笑った。


「じゃあ、目、瞑って」
「へ?何でよ?」
「良いから瞑れ」


なんとなく嫌な予感を感じて不満気な私の瞼を、手のひらで半ば無理矢理閉じさせる。
もー、何なの、いった…






「……っ!?」


目を閉じて直ぐに、唇に感じた違和感。
驚いて目を開けると、明王の指の隙間から、何故か至近距離にいる明王と目があった。
どういう状況か飲み込めないでいると、唇の違和感が更に増す。
口の中に何か入ったという事を他人事の様に感じてしまったせいか、それが明王の舌だと分かったのは、私の舌を絡め取られてからだった。


「……んむ!?」


気付いた途端、急激に顔が熱く火照り出す。
慌てて舌で押し返したがあまり効果はなく、寧ろ余計に触れ合ってぬるりと滑り合っている。
其れは暫く口内で動き回り、息苦しさを訴えるとやっと解放された。


「はっ…あ、あああきっ、なななに…っ!!」
「御馳走様」


そう言ってにやりと笑った明王が口を開くと、舌の上で転がるいちごミルク。
一瞬解らなかったが、直ぐにそれがつい先程まで私が舐めていた物だと気付いた。


「〜〜〜ッ…!!」
「甘いな」
「…っ当たり前でしょ…!」


したり顔で飴を弄ぶ明王に、恥ずかしさに悪態を吐く私。
ままままさか外で、こんな…!


「こんな、とこで、キスとか…!」
「ん?興奮した?」
「ばっ、ちがっ、馬鹿じゃないの変態!!」
「変態って……猫耳なんて着けてるなまえチャンのが、変態なんじゃないの?」
「なっ…!!」


落ち着け私、かっとなって言い返したんじゃ、きっと明王の思うツボだわ!
スルースキル、スルースキル…!
そう思って平静を装うとしたのに、にやりとまた顔を近付けてくる明王に、さっきの口移しキスを思い出してしまった。


「…っ明王の変態ー!!」


スルースキルは見事に不発、私は明王に猫耳を投げつけて走り去った。






いちごみるくハロウィーン

(もうこれ絶対着けない!)