水鳥さんの恋愛講座





「恋愛ってのはな、勢いが大事なんだよ!」
「はあ…」

そんな経験も無い癖に、水鳥が自信満々に持論を語る。
なんとなく漏らした言葉に彼女が目敏く反応してから、かれこれ十分は経っているだろうか。
別に水鳥に話し掛けた訳ではないし、況してやこんな校長先生のような長話を聞きたくて言った訳でも決してない。
ただぽつりと、剣城くん格好良いな、って…小さく、本当に小さく独り言を言っただけだったのに。
畳んでいる途中のタオルを取り上げられ、何故かベンチで正座で向かい合わされて、恋愛はテンションと勢いだとか、当たって砕けろだとかを、懇々と私に刷り込んでいく。
まあ八割方、右から左へ通過しているのだけど。
ああ、パス練してる剣城くんが見たい。早く終わらないかなこれ。
ちらりと水鳥の向こう側に座る茜へ目線をやると、此方を見ていたらしい彼女と目が合い、苦笑いされた。
いや、見てないで助けて茜さん。
っていうか写真撮らないで茜さん。


「……で、告白も大事なのは勢い付ける事でな、」
「うん…」
「やっぱり直接言うってのが、一番効くと思うんだよ!」
「うん…」
「って事だから、なまえも直接言ってこい!」
「うん………………えっ!?」


半分に聞いていた話が急展開した事に驚いて顔を上げると、何故か水鳥は勝手に私の携帯を触ってぽちぽちと何やら打っていた。


「ちょ、何してんの水鳥、」
「そうしーん!」
「は!?ちょっま、待て!返せ!!」


ぴろりん。
送信完了の合図が、水鳥の手の中で鳴り響く。
引ったくるように奪い返した携帯には、しっかりと送信済み画面が表示されていた。


「……何送った?誰に何送った?」
「勿論、剣城に送ったに決まってんだろ」


ニヤニヤ笑う水鳥からは嫌な予感しかしない。
恐る恐る送信メールを見ると、言われた通りの宛先。
そして開いた本文も、やはり予感が当たっていた。


「"話があるので、部活の後グラウンドに来てください"…!?」


送信済みの本文をそのまま読み上げる。
キッと水鳥を睨むと、本人は一仕事終えたような笑顔を浮かべ、至極満足そうだった。


「み…水鳥ぃぃぃ…!!」
「いい加減告っちまえよ!折角あたしがチャンス作ってやったんだから」
「チャンスって…馬鹿なの?ねえ馬鹿なの?暑さで遂に残り僅かな脳味噌まで溶けちゃったの?」


腕を掴んで振り回す私を余所に、水鳥の表情は変わらず笑顔。
駄目だこいつ、と茜を見やると、きらきらした顔でデジカメの容量を確認していた。
あ、こいつも駄目だ。
うちの女子、二年は馬鹿しかいないのか……
唯一の救いは一年生天使の葵ちゃんと黄名子ちゃん、




「えっ、告白!?頑張って下さい、なまえ先輩!」
「なまえさんなら絶対大丈夫やんね!ファイトー!」
「……あ、うん…」


駄目だ、純粋に応援された。
天使過ぎて逆に悪魔だった。






「………はあ」

遂に、部活の時間が終わってしまった。
あの後、こっそり剣城くんの携帯でメールを消そうとしたり、途中で帰ろうと試みたものの、女子軍総出で阻止されてしまい結局逃げられなかった。
部室へ着替えに戻る部員達を眺めながら、ベンチに伏して溜め息を吐く。


「はあ……もう私しぬ…」
「死ぬな、生きろ。ていうか起きろ」


水鳥に襟首を掴まれ、茜がぽんぽんと頭を撫でる。
よしよし可哀想に、とか言うくらいだったら、初めから水鳥の暴走を止めてクダサイヨ……


「あーもー水鳥の馬鹿あああぁぁ」
「なんだよ、折角作ってやった最高のシチュだぞ?」
「寧ろ最悪な展開だよ」
「なまえ先輩なら大丈夫ですよ、絶対成功しますって!」
「その根拠の無い自信っていったいどこから湧いてくるのかなぁ」
「振られてもウチがお嫁に貰ってあげるやんね!」
「嬉しいけどなんで今振られる前提の話をするの?」
「大丈夫。なまえちゃんなら、ちょっと脱げばどんな男でもいちこ「茜ちょっと黙って」


もうやだ、帰りたい。
寧ろこの子達を早く帰したい。
私がそんな事を思いながら暴走女子達に突っ込みを入れている間にも、無情に時間は過ぎていく。
いつの間にか着替えを終えた部員達が、ちらほらサッカー棟から出てきたのが遠目に見えた。


「…やっぱり私帰「らせねえよ!」
「なまえちゃん、覚悟決めて」
「絶対大丈夫ですから!」
「頑張るやんね!」
「…うう…」


逃走を謀ろうとベンチから立ち上がった瞬間、四人掛かりで私を逃がさんと押さえ付けてきた。
おかげでベンチに逆戻り。酷い。
あと黄名子ちゃん、背中に負ぶさるのは良いんだけど、首絞まってるからちょっと離してくれないかなあ?


「……あ、なまえ先輩!」
「けほ…何、葵ちゃ「剣城くん来ました!」
「えっ!?」


見上げると、葵ちゃんの指差した僅か数メートル先には、ユニフォームから制服に着替えた剣城くんの姿が見えた。


「……どうも」
「えっ、剣城くん、な、なんでっ」
「なんでって…先輩が呼んだんでしょう?」
「…あう…」


どもる私に、剣城は携帯の画面を向ける。
そこに映っているのは勿論、水鳥が勝手に送ったメールの文面だ。


「あ、あれは、その…」
「それじゃあなまえ先輩、私達は部室に戻りますね!」
「えっ!?あ、葵ちゃん!?」
「蔭で応援してるから、頑張って」
「なまえさんなら絶対成功するやんね!」
「黄名子ちゃんと茜まで…!」


次々とグラウンドを去っていく彼女達へ手を伸ばす私に、水鳥ががしっと肩を組む。
回された腕に引き寄せられると、あからさまにニヤついた水鳥の顔が目の前にきて、ちょっとだけ叩きたくなった。


「いいかなまえ、上目遣いで剣城の目を見て、"剣城くんの事が好きなの…"って言うんだぞ!」


小声で言われた其れ(台詞だけちょっと裏声で腹立つ)に、私の手は叩くどころか握り拳で水鳥に襲い掛かった。


「おっと」
「ななな何言ってんの水鳥!?」
「何って、その為に呼んだんだろーが」
「それはあんたが勝手に…!」
「まあまあ照れんな、頑張れよ!」
「照れてるんじゃないぃ!!」
「おい剣城!あたしは先に戻るから、なまえをよろしくな」
「?はあ…」
「話を聞けってばー!」


訝しむ剣城くんの肩をぽんと叩いて、水鳥はサッカー棟へ向かった。
ああ…どうしてこうなったんだろう。
私は別に告白なんてするつもりは無くて、ただ剣城くんを見てるだけで良かったのに。
このベンチから、グラウンドを駆ける彼をただ見詰めているだけで良かったのに。
……全部水鳥のせいだ!
水鳥が余計なお節介なんて焼くから、私は明日から剣城くんの雄姿を拝めなくなるんだ…!


「…あの、先輩?」
「っはい!?」


不意に呼ばれて、びくっと肩が震える。
顔が熱くなるのを抑えられず、無意識に視線は地面へ落ちていた。
俺に話って、なんでしょうか?訊ねる剣城くんの言葉に、どくんどくんと心臓が跳ねる。


「……みょうじ先輩?」
「〜〜っ…!!」


掛けられた剣城くんの言葉に、必要以上に反応してしまう。
ドキドキの止まない心臓に彼の声が染みて、更に速度を上げる。

……はあもういい、もうどうにでもなれ!
泣きそうになるのをこらえ、深く、息を吸い込んだ。




「っ私…剣城くんの事が好きなの!!」
「…!」


律儀にも、言われた通り上目遣いで、言われた通りの台詞を口にした。
馬鹿か、馬鹿なのか、私は!
水鳥の言うこと鵜呑みにしちゃうなんて!
ああどうしよう、言っちゃった、告白しちゃった!

目を見開いて驚く剣城くんの顔から視線を反らす。
そりゃあびっくりだよね、大して仲が良い訳でもない先輩から告白されるなんてさ。
視界の端に、僅かに揺れた唇が見えて、ぎゅっと目を瞑った。
私みたいな地味で冴えない可愛くもない女じゃ、返答なんて決まってますよねー。
ばりばり後悔してるけど、貴方のそのレアな驚いた顔が見られただけ良かったと思いますか。
しかしどうしよう恥ずかしすぎて明日から部活行けない、うん、もう辞めよう、部活辞めよう。
さらば私のマネージャーライフ、さらば私の小さな青春!






「俺も、先輩が好きです」
「………へ?」


何もかも諦めた私に、剣城くんが、一言。
思わず間抜けな声が漏れたのは、仕方ないと思う。
だって、えっ、俺もって、え…?
空耳?幻聴??


「あ、あの、剣城くん、今なんて…!?」
「だから、俺も先輩の事が好きなんです」


何度も言わせないで下さい、と頬を赤らめて背けた剣城くんの横顔が、さっきのは幻聴なんかじゃないと物語っていた。


「う、そ…」
「こんな嘘吐く訳ないでしょう」
「でも、だって…剣城くんが、私なんか…」
「先輩、いつも俺の方ばかり見てるでしょう」
「え!?」
「俺が抜かれると残念そうな顔をして、俺がシュート決めるといつも嬉しそうに笑う」
「う…!」


気付かれてたんだ恥ずかしい!
両手で顔を覆う私に、剣城くんはくすくすと笑いながら、この間はドリンクぶちまけてたとか、昨日はタオルをぶちまけただとか、私が部活中に犯した失敗を挙げていく。
だってだって、剣城くん見てたらつい手元が狂って…!
一人言い訳している間にも、剣城くんの口は止まらない。
もうやめて私のライフは……って、あれ?


「つ、剣城くん、なんでそんなこと知ってるの…?」


今、剣城くんが言ったのは…ぜんぶ、部活中の出来事のはず。
どれも、剣城くんがボールを蹴っている間に起こった事で、剣城くんが知ってる筈ないのに。
そう言うと、剣城くんは更に笑みを深めた。
そして一歩、また一歩と私に歩み寄り、僅か十数センチ、という距離にまで顔を近付けて。


「俺も、ずっと先輩を見ていたからですよ」


そう言い終わるや否や、私を、抱き締めた。


「つ、剣城くん…!?」
「もう少し確信が持てたら、俺から言おうと思ってたんですけどね」
「なっ、なに、が、」
「なのに先輩が、瀬戸先輩にけしかけられたりするから…」
「え、えっ?み、見てたの!?」


驚いて彼を見上げると、にやりと悪戯な笑顔が浮かぶ。
まさか、今日の一部始終も見られてた…?
っていうか、確信が持てたらって……
まさか、待って待って待って、もしかして私が剣城くんを好きだとか告白するだとかを、ぜんぶ気付いてた…!?


「いえ、流石に話の内容までは聞こえませんでしたから…まさか告白だったなんて、言われてから知りました」
「そう…なの?」
「はい。まあ、先輩が俺を気にしてるのは気付いてましたけどね」
「え!?」
「自意識過剰かもしれませんが、そうだったら良いと思ってました」


だから、嬉しいです。
そう言われて彼を見上げると、とても優しい笑顔を見せられた。
どくんと鼓動が波打って、言葉が出なくなる。


「告白してくれたって事は、俺と付き合ってくれる…って事で、良いんですよね?」
「は…はい…っ」


いつもより遥かに近い距離で囁かれ、搾るような返事しか出ない。
そんな私を見て、剣城くんはいつものクールな微笑を浮かべて言った。


「まあ、とにかく。これから宜しくお願いしますね、なまえさん」


……ええと、取り敢えず、水鳥の恋愛講座のおかげ?で、私の恋は実ったようです。






水鳥さんの恋愛講座

(おっ、おかえりなまえ…って、顔真っ赤だな)
(でも、なんか嬉しそうやんね?)
(上手くいったんですね、おめでとうございます!)
(お赤飯炊かなきゃ…)
(ううううるさい!)