一方通行




「…でね、そしたらジャンがさ…」
「えー!もうジャンってば、そういうとこ昔から変わらないんだから!」
「……」
「あはは、それでね…って、ジャン、どうしたんだい?」
「!…あ、いや、悪い」




マルコの言葉に、惚けていたジャンは慌てて前へ向き直って、パンを手にとる。
俯いてちまちまと齧るそれは、心此処に在らずといった様子で。
どうせまたミカサの事でも考えてるんだろうと、胸が痛んだ。





「ジャンは最近、ずっとこれだね。落ち込んだり、ぼーっとしてたり…かと思えば突然エレンに突っ掛かっていったり」
「そうね。麗しのミカサちゃんはエレンに夢中だから。まあ、今日は珍しく大人しいだけマシよ」
「確かに、今日は文句言わないね」
「っていうかさ、ミカサをエレンから引き離そうってのがそもそも無理なのよ。ミカサったら、私と話す時もいつもエレンの事ばっかりなんだから!」



苦笑いするマルコと未だ黙りこくるジャンに、如何にミカサがエレンを大事に想っているかを説く。
人の恋路に口出しなんて、柄じゃないけど…ミカサの想いは、私にも通ずるものがあるのだ。

幼馴染みとして、幼い頃から共に過ごし、一途に焦がれる想いを育んできた。
そんな大切な想いが、私にもある。
…彼女の幼馴染みと同じく、当の本人は全く気付いていないのだけど。
ああ、そんな事を考えてる間にも、こいつはまたミカサを見てる。






「…っだから、ミカサにはエレンしか居ないのよ!ジャン、いい加減諦めたら?」


ぴっとスプーンを向けて言うけど、ジャンは気付いてないのか無視してるのか、ひたすらパンを咀嚼している。




「何も聞こえてないみたいだね」
「ほんと今日は何なの、食事中ずっとこれ?うざいったらないわ」



マルコが顔の前でひらひらと手を振るも、ジャンは気付かない。
それほどまでに、彼女に執心しているというのか。





「…馬鹿みたい」



ぽつりと呟いた言葉は、ジャンに届く筈もなく。
代わりに聞こえたらしいマルコが、また苦笑を漏らした。









「…でも、ナマエはジャンの気持ち、よく解るんじゃない?」
「え?」
「好きな人が、他の女の子に夢中で腹立たしいんだろ?」
「なっ…」


突然のマルコの言葉に、持っていたスプーンを落としてしまう。
空の皿に乗ったスプーンが鳴り止む前に、私は大きな声で抗議に入った。




「ま、マルコってば何言ってんの!?」
「あれ、違うの?」
「ち、違うからっ!ていうか、なんで私がジャンなんか…」
「ん?僕は別に、ジャンとは言ってないけどね」
「〜〜っ!!」



にこりと笑うマルコに、なんだか言い負かされた気分になる。
皿に残っていたパンをひっ掴んで立ち上がって、マルコとジャンに、ばーか!と叫びながら、足早に食堂を出た。



















ぱたぱたぱた。
顔を真っ赤にして食堂を出ていくナマエの後ろ姿を眺める。
ああ、怒らせちゃったかな。
本当の事を言っただけなのに。

彼女が、ジャンの事を好きなのは、彼の其れと同じくらいに分かりやすい。
ジャンがミカサばかり見ていると口数が多くなるし、ジャンと喧嘩すると後から泣きそうな顔で彼を見るし、ジャンがナマエに話し掛けると本当に嬉しそうな顔で笑う。

僕は、そんな彼女の笑顔に惹かれたのだ。
幼馴染みであるジャンを映している、恋する瞳に恋をしたのだ。






「ねえ、ジャン」
「……」
「…はあ。ジャン!」
「っ!…何だ?」
「ねえ。君が要らないというのなら、僕が貰っても良いよね?」
「あ…?何の話だ?」



先刻のナマエとの話も聞いていなかったのだろう、此方へ振り向いたジャンが不思議そうに首を傾げた。

本当に気付いていないんだね。
戦闘や指揮能力は高いのに、自分のそういう事には疎いらしい。
解らないなら、それはそれで好都合か、と、ナマエの居なくなった席を見て言った。








「君が、本当に大事にするべきものだよ」







君に出来ないのなら、僕がきっと、幸せにしてみせるから。









(一方通行な想いが、いつか報われますように)