garnet 後編
「…憲兵団に行くんじゃなかったの?」
「お前こそ、駐屯兵団はどうした」
エルヴィン団長の演説が終わり、僅かな仲間だけが立ち竦んでいる。
隣に並ぶジャンと顔を見合わせて、ふっ、と鼻で笑い合った。
互いの問い掛けに返答しなくとも、きっと其れは、二人共同じなのだろう。
「まさか、兵団に入ってまでジャンの顔を見ることになるとはね…」
「それはこっちの台詞だ。またお前と一緒かよ」
悪態を吐くと、同じく悪態で返される。
そんな半泣きで言われても、まったく堪えないけどね。
うるせえ、お前こそ、手が震えてるぞ。
言い合ってくすりと笑うと、ジャンが真面目な顔で、怖くないのか、と問うた。
「怖いに決まってるでしょ。調査兵団なんて、自分から死にに行くようなものなんだから。あんただって、怖がってる癖に」
「……ああ。怖いさ」
あら、珍しく素直ね。
そう言うと、ジャンはうるせえよ、と私の肩を小突いた。
薄く笑みを溢したジャンに、少し、過ぎた日々を思い出した。
「……ねえジャン。私ね、あれからずっと考えてて。もしもあの時、彼と一緒に居たなら、何か変わっていたのかな…って」
「…!」
「命令なんて無視してマルコに着いていっていたら…私が代わりになれたのに、なんてね」
「…あいつはそんな事、望んでねえよ」
「解ってるよ。解ってるけど…でも、マルコが居なくなるくらいなら、私は…!」
「ナマエ!」
俯いた私の両肩を、ジャンの手が力強く掴んで、彼と向き合わされる。
見せないようにと逸らしていた顔を、半ば無理矢理正面から覗き込まれた。
「…変わらねえよ」
「……っ…!」
「今更何を言っても、結果は変わらねえ。マルコが…帰ってくる訳じゃねえ」
まるで子供に言い聞かせるように、ジャンはひとつひとつの言葉を私に浸透させる。
聞いている内に、堪えていた筈の涙が瞳に映るジャンを滲ませた。
「だけど、俺達の隣にマルコがいた事実も、変わることはない。マルコの一番大事なものが、お前だった事実もな」
「…!」
「だから、お前は自分を責めるな。そんなナマエ、あいつは見たくないだろうよ」
「……ありがとう、ジャン」
少しだけ口角を上げてそう言うと、ジャンは優しく笑って私の涙を拭った。
「…ああ、そうだ。お前に渡しとかなきゃなんねえ物があったんだ」
「私に?…ジャンが?」
「俺じゃねえよ」
思い出したように彼がジャケットの内側から取り出したのは、小さなひとつの麻袋。
袋の口を解いて、ほらよ、と私の手の平に中身を落とした。
「…これは…首飾り?」
じゃらりと音を立てた其れは、銀色の鎖に小さな紅色の石をあしらった、綺麗な首飾りだった。
こんな高価なものを、どうして私に…?
「マルコが、内地に行く前にお前に渡すつもりだった物だ」
「え…マルコが、これを?」
「この間街に行った時に、あいつが買ったんだ。安物だけど、離れる前にナマエに何かプレゼントしたいってな」
「…そう、そんな事を…」
安物だなんて、馬鹿ね。
今の時代、こんなもの簡単には手に入らないのに。
手の平の其れを光に翳すと、きらり、耀いている。
以前、赤い石は兵士の御守りとされるのだと、アルミンが話していた。
きっと、それを覚えていたのだろう。
駐屯兵団に行くだけだったのに、こんな高価なものを、私に。
一体、どれだけ探したのだろう。
首飾りを着けながら、街中を探し回ってようやくこれを見付けたマルコを想像してみると、なんだか嬉しくて笑みが溢れた。
「ありがとう。ジャン、マルコ」
今や形見となってしまった其れをそっと握り締めると、ジャンはまた優しく私の頭を撫でた。
「……私、調査兵団に入って、良かったわ」
仇を打つ、なんて言ったら、貴方は笑うかしら。
それとも、怒られちゃうかしら。
マルコ、私はね、貴方が居たからここまで頑張ってこれたのよ。
これからもきっと、貴方の為に頑張ってみせる。
貴方の為に、生きてみせるわ。
だから。
「巨人を、駆逐してやる」
だから、待っていてね。
いつか貴方の元へ還った時、貴方に誇れる私になるから。
garnet
(貴方の居ない世界でも、貴方の為に生きていく術を見付けたから)