garnet 前編

マルコのネタバレ有り
アニメ派の方は閲覧注意



















彼、マルコ・ボットとは、訓練兵になって初めて出会った。
初めはただの訓練兵仲間としか見ていなかったし、第一印象というのもこれといって特別なものはなかった。
優しそうな人だなとか、仲良くできるかなとか、精々そんな程度。


それが異性としての視線に変わったのは、ある日の対人格闘訓練の時。
不覚にも怪我してしまった私を医務室へ運んでくれたのが、マルコだった。
お姫様抱っこで軽々と抱えられて、優しく手当てまでしてくれた彼に、単純にもくらりときてしまったのだ。


一度ときめきを意識してしまうと早いもので、ふと気付けば目で追い掛けていたり、面と向かえば緊張して話せなくなったり。
今まで一度も恋をしたことがなかった私のそれは端から見れば一目瞭然で、ユミルやライナー達に散々からかわれたのも、今では良い思い出である。
だけど、クリスタやミーナなんかは応援してくれて、色々と助けてくれたっけ。
食事の席を隣に陣取ってくれたり、休日の約束を取り付けてくれたり。

そういえば、その点はなんだかんだユミルが一番世話を焼いてくれていた気がする。
クリスタに頼まれて嫌々、という態度だったけれど、実際手を回してくれたのは殆ど彼女だった。
恋人になれたって報告した時も、茶化す言葉とは裏腹にすごく嬉しそうな顔をしてくれたなあ。
本当に、良い友達を持って幸せだ。
皆のお陰で、この三年間…辛かったけど、とても充実した日々だった。




訓練成績の発表でマルコが7位だった時は、自分の事のように喜んだ。
私自身はまあ、当然10位以内なんかには入れなかったのだけど。
だけど、私は別に憲兵団に入りたかった訳じゃなく始めから駐屯兵団志望だったし、何より人一倍頑張ってきたマルコの努力が報われた事の方が嬉しかったのだ。
素直にそう伝えると、マルコははにかんだ笑顔でありがとう、と頭を掻いた。
その仕草がなんだか可愛くて思わず抱き着いたら、もっと恥ずかしそうに顔を赤くしていた。






兵団に入る前日、巨人が侵入してきた時も、絶対に死なないでねって、お互いに言い合って。
隣にジャンが居たのに、マルコから抱き締めてくれたのが嬉しかった。
私からキスをしてやったら、耳まで真っ赤になっていたのが可愛かったなあ。
ジャンが、余所でやれよ!と顔を反らしたけど、横目で羨ましそうに此方を見ていたのを私は見逃してない。
いつかミカサにして貰えるように頑張ってね、なんてからかってやると、マルコに怒られちゃったけれど。
帰還して彼の無事な姿を見た時は、安心して泣いてしまった。


その後のトロスト区奪還作戦の前だって、互いに笑い掛けて、生きて帰ろうねって。
必ず生きて帰って、またキスをしてねって、マルコと約束したんだ。

































「…マルコは?」




想像した事がない訳じゃなかった。





「っナマエ…、こっちに来ちゃダメです!」
「どいて、サシャ。行かせて」





覚悟していない訳じゃなかった。





「そこに居るんでしょ?」






いつ失っても、おかしくなかった。



そんな事、とっくに解っていた。






「マルコに、会わせて」






彼を、守れなかった。

約束も果たせなかった。

どうして。何故。




引き裂くような鼓動が止まない。

考え過ぎないようにと思っても、意識は目の前の惨劇に過剰な程に向けられた。





彼はもう、目を開いていないかもしれない。

彼はもう、形を保てていないかもしれない。

彼はもう、マルコじゃないかもしれない。






…だけど、会いたい。

約束を果たしてあげたい。



それだけが、今、私の足を動かしていた。






「…っナマエ、」
「お願い」
「……っ」




サシャが泣きそうな顔で道を開ける。
その向こうに、ジャンが立ち竦んでいて、彼の足元には、一人の勇敢な兵士が居た。


……ああ、やっと会えた。






「やっと、見付けた」



ジャンが振り向いて、サシャと同じ顔をする。
何か言おうとするジャンに、にこりと微笑んで、その下に横たわる愛しいひとの元へ。




「遅くなってごめんね。迎えに来たよ」



片方しか残っていない彼の頬を撫でて、半分に欠けた唇にキスを落とした。









ああ、マルコはもう、いないんだ。




案外すんなりと、彼の死を認識していた。
肉塊となってしまった無惨な姿に、別段吐き気などはしない。
ただ、無性に愛しくて、悲しくて、悔しくて、仕方無かった。






「…おかえり、マルコ」



一緒に帰ろう。
そう言おうとしたのに、言えなかった。

視界が滲んで、唇が震えて、喉が焼けるように熱い。
なんで。なんで、なんで。
声が、出ないよ。




「……、…」
「…ナマエ」



ジャンが、私の肩を掴む。
振り向くと、さっきと同じ表情のままで、そっと私の頭を抱えた。





「……泣いても、良いんだぞ」
「…っ、」





どこまでも優しいジャンの声に、胸の中の何かが、ぷつんと切れた。












「…ぅああああぁぁあァああッ!!!」






ああ、私は、なんて無力なんだろう。













(貴方の居ない世界で、生きていく理由が見付からないの)