ミソウシンサンデイ






『今日会えない?』




両手で握り締めている携帯に映された白いメール画面を眺める。
簡素な一行だけの本文を、打っては消し、消しては打ち…と、繰り返すこと早一時間。
たった七文字、電話じゃなくメールを送るだけ。指先に軽く力を込めるだけの作業なのに。
なのにどうしても、私は送信ボタンを押せないでいた。
着替えて化粧して鞄の中身も整えて、出掛ける準備は万全。
だけど、デートのお誘いだけが出来ない。

今頃、彼は何をしているだろうか。
休日の大学へ行ってアトリエで絵でも書いているのか。
まだ家でのんびりと微睡んでいるのか。
それとも、仲良しの少女達と一緒に、お茶でもしているのだろうか。







「…はあ」


やっぱ、今日はいいや。
無造作に携帯を閉じて、ベッドに向かって放る。
乱雑に投げすぎたか、其れは布団の上を通り越して壁に当たり、がつんと耳障りな音を立てて、電池と分裂しながら目標のベッドに着地した。
音に吃驚したものの、別に壊れてもいいや、と放置。
壊れてしまった方が、連絡に悩まなくて済むもの。そう思って、携帯の隣に寝転んで目を閉じた。















目が覚めたのは、正午を回った頃だった。
先程よりも眩しい窓からの日光に顔をしかめ、寝返りを打つ。
無意識に携帯を探して、掴んだそれに違和感。
ああそうだ、電池と蓋も探さなきゃと、重い体を起こした。








「あら、やっと起きた?」
「……へ?」



掛けられた声に、思わず手を止める。
見上げると、にこり、おはようと笑う彼が居た。



「ぎゃ、りー…?」

居る筈の無い彼の名を呼ぶと、なあに、とはっきり彼の声が聞こえた。



「な…なん、で、居るの?」
「なんでって、なまえが電話に出ないから、心配になってきたのよ」


先日渡したばかりの合鍵を見せながら、私の手元を指差す。
目線を落とすと、手に握ったままの、電池の外れた携帯電話。


「あ…」
「メールも電話も無反応だから心配して来てみれば、携帯はそんな状態だし、アンタはそんな格好で寝てるし。いくら日曜だからってダレ過ぎじゃない?」
「ご、ごめん…起こしてくれれば良かったのに」
「あんまり気持ち良さそうに寝てるから、可哀想かと思って」


寝顔も可愛かったしね、なんてからかうギャリーを二、三回小突く。
ベッドの縁に腰掛けたギャリーの隣に座ると、ギャリーの手に頭を撫でられた。
優しい手つきが気持ちよくて、自然と目を閉じる。
ああ、また眠くなりそう…だけど、ギャリーの大きな手に撫でられるのは、好きだ。




「…ねえ、なまえ?なんで携帯がそうなったか、当ててあげましょうか」
「え?」

不意に、ギャリーが思い付いたように頬を寄せて話す。
そんな事解る訳無い、と眉間を寄せる私に、ギャリーはにまりと笑って言った。




「それ、放り投げたでしょう」
「え!」
「苛々してた、のかしらね」
「え!?」


思わず驚いてしまった口を慌てて塞ぐと、ギャリーは当たりね、と満足そうに笑った。



「な…なんでわかったの?」
「ふふ、なまえの事ならアタシには何でもお見通しなのよ…なぁんてね。ベッドの所、壁にキズが付いてるから、そこ、当てたんじゃないかと思って」
「えっ?!」


慌てて壁に振り向くと、丁度ぶつけた辺りの壁紙に引っ掻いたような凹んだ跡が出来ている。
あああしまった、この部屋賃貸なのに…!
項垂れる私に、ギャリーはまたよしよしと頭を撫でながら続けた。




「それに、着替えて化粧までしてるのに寝ちゃってるから、そうね、出掛ける予定を作ろうとして、作れなかったんじゃない?」
「え!」
「で、苛々して投げちゃったんでしょ?」
「…な、」



なんでわかったの、と言おうとして、口をつぐむ。
あんまり悔しいから違うと言ってやりたかったけど、その前にギャリーがまた当たりね、と微笑むから、なんだか否定できなくなった。
うう、と唸ったあとに、強がって悪態をついてみる。



「で、でも、携帯出なかったくらいで、わざわざ家まで来なくても…急ぎの用じゃあるまいし」
「あら、私としては急ぎの用なんだけど」
「え?な、なに?」



訊ねると、ギャリーは私の肩を引き寄せ抱き締めて、囁いた。






「デートのお誘いよ」



















ミソウシンサンデイ



(……考えることは同じ、だったか!)