my sweetheart



自室で研究資料に目を通していると、すぐ後ろで、がちゃり、扉の開く音が響いた。
玄関の音は聞こえなかったけど、いつの間に帰ってきたのかしら。
椅子を回転させてそちらを向くと、部屋へ入ってきたピアーズは、何故かずぶ濡れだった。




「ただいま、ナマエ」
「お帰りなさい。どうしたのそれ」
「帰ってくる途中で、雨に降られた」
「あら、雨なんていつ降ったの?」



全然気付かなかった、と言うと、ピアーズは上着を脱ぎながら、今も降ってるよと苦笑を溢した。


「ナマエは研究の事になると、周りを全く気にしなくなるからな。どうせ雨の音も、玄関を開ける音も、聞こえていなかったんだろう?」
「…そんな事ないわよ」



悔しいけどパーフェクトに図星だった。
言われてみれば、雨音がしている。
しかも結構本降り。
ピアーズの頭にタオルをかけて、誤魔化すようにわしわしと髪を拭いた。



「ナマエ、痛い、痛い。図星だったからって拗ねるなよ」
「図星じゃないわよ、馬鹿」
「はいはい、そうだな」


タオルの下でからかうようにくつくつと笑うピアーズ。
なんだか悔しくて、掛けたタオルを思い切り引っ張ってやった。






「…おっと、危ない」
「へ?あ、きゃっ」


一瞬だけバランスを崩して上体を倒したピアーズは、にやりと企んだ笑みでそのまま私を巻き込み、ふらふらとソファに倒れた。


「っ、もう…馬鹿」
「ナマエが引っ張るからだろ?」
「そうだけど…でも、倒れたのはわざとでしょ!」



楽しそうに私を見下ろすピアーズの肩をこつんと叩く。
ピアーズはくつくつ笑いながら、悪いな、と思ってもないであろう一言を呟くと、私の額に口付けた。


「ん…」




額から瞼、鼻先、頬、そして唇に、小さなキスを落としていく。
気儘に啄むピアーズの其れを目で追った後、その隙間に舌を押し込んだ。
唾液の跳ねる音を立てながら互いに無心に求め合って、呼吸が苦しくなってきてからやっと唇を離す。




「っぴあ…ず、」
「ナマエ、その顔…結構クるんだけど」



下から見上げて荒く名前を呼ぶと、ピアーズはそう言って首筋に顔を埋めた。


「あ…ピアーズ、や…ん、」




ちゅ、と肌に吸い付く音と唇の這う感触に、段々とその気になる。
そしてピアーズの背に手を回し、抱き締めた時に、やっと気付いた。



















「やだ!濡れたままソファに乗らないでよ馬鹿!」
「えぇ!?」
「ちょっと、ああもう、汚れちゃうじゃない!」
「痛っ、ちょ、ナマエ、痛い、」
「ほら早く降りてピアーズ!」


ピアーズを蹴るように押し退け、無理矢理ソファから引き摺り降ろす。




「…誘っておいて、それはないんじゃないか」
「誘って無いわよ。貴方が勝手に仕掛けてきただけでしょう」



ぶつぶつ文句を言うピアーズを背に、クローゼットからタオルを出してきてソファを拭く。
良かった、そんなに濡れてない。
昨日手入れしたばかりだし、これくらいなら水気を拭き取るだけでも大丈夫かしら。
革製だから、あまり汚したくないのに。お気に入りだし。

よし、と一声溢して拭き終わった頃にはピアーズはもう口を閉じていて、声を掛けると黙って後ろから抱き締められた。



「ピアーズ、いつまでもそんな格好で居たら風邪引くわよ?シャワー浴びてきたら?」
「…ああ、そうする」



ふてくされたような声が肩口に落ちる。
普段はあんなに凛々しくて大人っぽいのに、二人の時にだけ見せる子供のような仕草が、どうにも可愛い。
拗ねて膨れた頬に触れるだけのキスをすると、ほんの少しだけその口角が上がった。




「…なら、ナマエも一緒に」
「ん、一緒に入る?」


問い掛けに返事はなく、代わりに私の手を引いて部屋を出る。
いつもは私が恥ずかしいくらい大胆な癖に、時折まるで色恋には不器用であるかのように振る舞うのは、わざとなのかしら。






「ピアーズ?」
「…さっきの続き。しようか」
「……もう」




これだけ焦らしたんだから、もう良いだろ?

此方を振り返って至極楽しそうに笑んだピアーズは、部屋のドアも閉めずにバスルームへ直行した。











my sweetheart
私の愛しい恋人は、とてもかわいいひと。





(ソファと俺と、どっちが大事?)
(…女子か)

(きっと彼は、ただ子供っぽいだけなのね。)