ある夏の日のアリス
「アリス、暑い」
「そうね」
「…暑いの」
「うん、暑いね」
「……」
扇風機を抱えてぼやくなまえに、私は横目で簡素な相槌を打った。
今日は8月半ば、雲ひとつ無い快晴。
たとえ部屋の中で薄着で日陰に居たって、扇風機だけじゃ暑いに決まってる。
「なんでエアコン壊れてるのよぉぉぉ」
「なまえがチェシャ猫放り投げてぶつけたからでしょ」
「…ううぅ」
小さく唸ったなまえは、また扇風機に顔を向けて黙り込んだ。
普段から仲の悪い二人は、昨夜もまた些細な事で喧嘩して、ブチ切れたなまえが、頭だけのチェシャ猫を引っ掴んで思い切り投げた。
それがエアコンに直撃。
どう考えても故障は二人のせいなので、其れについては、幾ら文句を言った所で自業自得なのだ。
「…ありす、あついよぉ」
が、五分と経たない間に、性懲りも無くまた暑い暑いと訴えてくるなまえ。
もう…落ち着いて宿題も出来ないじゃない。
はあ、とペンを置いて、立ち上がる。
廊下に出る際に、扇風機に被さるなまえの頭をぽん、と撫でた。
「アイス、とってきてあげる」
「え!ほんと?やった!」
さっきまでの無気力は何処へやら、満面の笑顔できらきらと目を輝かせるなまえ。
ほんと、調子良いんだから。
「いちごとチョコとバニラ、どれがいい?」
「えっとね、いちご!」
ありがとうアリス!と、足に擦り寄ってくるその様は、まるで猫みたいだった。
…なんだかんだ、チェシャ猫とそっくりよね、と喉まで出かけたが、留める。
また機嫌悪くなられちゃ堪らないもの。
何も言わずに頭を撫でて、台所までいちごアイスを取りに向かった。
ある夏の日のアリス
(なまえ、はい、いちご)
(ありがとーアリス!大好き!)
(はいはい)
(ああでも、アイスも良いけどアリスも美味しそうだなあ)
((…やっぱりこの二人そっくりだわ))
そんな平凡な夏の日の事。