リモニウムを貴女に







「なまえさん。オレ、なまえさんのことが好きです」


何の脈絡もなく、俺はそれを口にした。
何秒、何十秒にも体感した一瞬の沈黙が流れ、しかしすぐに、彼女の声により破られる。


「ありがとう。私も、虎丸くんのこと好きだよ」


突然の俺の告白にも動じず、彼女はふわりと笑って返した。
急にどうしたの、なんて首を傾げるなまえさんは、きっと残酷な勘違いしている。

……そうじゃなくて。
オレが言いたいのは、そういうことじゃないんです。


「違うんです。そうじゃ、なくて」
「違うって…?」


なまえさんの手を取って、真剣な顔をして彼女を見詰める。
普段と違う雰囲気を感じたのか、笑顔が薄れ、同じように真剣な顔つきを見せた。


「虎丸くん……?」
「オレ、なまえさんが好きです。優しいお姉さんとか、そんなんじゃなくて……本気で、なまえさんのことを愛してるんです」


戸惑い揺れる彼女の大きな瞳には、必死に背伸びする子供が映っている。
……自分でも、ちゃんと分かってるんだ。
オレはまだまだガキだから、そんな風に見られない事は分かってる。
子供扱いされて、弟みたいに思われてる事だって、分かってる。
言ってしまえば彼女が困るということも、もしかすると今までのように触れ合えなくなるかもしれないということも、全部分かってるんだ。
それでも、オレにはそれを伝えずに弟で居続けるという選択肢は、選べなかった。

全部、"分かってる"つもり、なだけかもしれない。
それこそが、子供である証拠なのかもしれない。
だけど、やっぱり……なまえさんには、オレの正直な気持ちを、知って欲しかった。




「……ありがとう、虎丸くん」


ふわり、微笑む彼女は、やはり瞳を惑わせていた。
それでも、声に其れを漂わせることはせず、極めて冷静な、落ち着いた声で言う。


「だけど、ごめんね。虎丸くんはまだ小学生だもの。私みたいなおばさんよりも、これからもっともっと素敵な女の子と出会えるわ。だから…」
「なまえさんより素敵なひとなんて、オレにはいません」
「…虎丸くん…」


困った顔で笑うなまえさんも、綺麗だ。
綺麗だけど、少し哀しそうなそれを、オレが作ったんだ。
今、彼女の思考は、オレだけで占められているんだ。
そう思うと、少し嬉しくなってしまう。
悪いと思いながらも、困らせたくなってしまう。




「……なら、十年後」
「十年後…?」
「もしも十年経って、虎丸くんが今の私の歳になったら。その時に、まだそう思ってくれたなら……」


その時は、きっといい返事をするわ。

ね、と困ったように笑う彼女は、きっとその場凌ぎのつもりなのだろう。
けれどその言葉は、ほんの欠片の希望をオレの中に植え付けていった。




「……じゃあ、なまえさんはいい返事をするしかなくなりますよ」
「あら、言い切っちゃうのね」
「俺はずっとなまえさんのことを好きでいられる自信があるから。それに……」


それまでに必ず、俺のことを好きにさせてみせます。
そう宣言すると、なまえさんはまた困ったように、けれど、少し楽しそうに笑った。


「なら、その時を楽しみにしてるわ」


くしゃりと俺の頭を撫でる手には、まだまだ子供扱いされているけれど。
その場凌ぎだなんて思わせない。
きっと、俺のものにしてみせるから。










リモニウムを貴女に

(何年経ってもきっと、変わらぬ愛を捧ぐ)