店員へのお触りは禁止です。



テルマさんが経営する酒場には色んな方が来店される。旅の方だったりお城に勤める方だったり研究者だったり。しかし勇者というものが来たのは初めてだった。


「やぁ、名無」
「いらっしゃい」

カウンターでグラスを拭いていると緑の人が入ってきた。こんな特異な恰好をしているのが、勇者。顔は悪くないか恰好が奇異すぎる。そして私はコイツが苦手だ。


「テルマさんなら少し出てますよ」

勇者は何かと情報を求めていた。なんでもこのハイラルを救っているらしい。そして勇者の要望に答えるのはマスターであるテルマさんか店の奥に集まる警備団ぐらいで、生憎私は世俗事情に疎かった。


「そうか、でも名無がいるからいいよ」
「…そうですか」

それでこれが私がこの人を苦手な理由だ。普通なら歯の浮くようなセリフをさらっといいのける上にそれを素でいっているのかよく似合う。
仕事上、からかい等を含めこのような言葉をかけられる事は多かったが何故かコイツのだけは慣れない。それこそ今も心機が乱れる程度に。


「なにか飲みますか?」


でもこの人はきっと他の女性にも変わらず接しているのだろう。他のお客様との話し方を見るにそうそう違いそうには見えない。私ばかりドキドキしているのが少しだけ悔しかった。

…何を考えているんだ。別に悔しくなんてない。
そもそもこんなのいちいち気にしていたら酒場のバイトなんてしていられない。今回はその、イケメンだったからだ。そう。それだけ。



「ミルクちょうだい」
「はい」


情報収集とはいえ酒場にくるのに彼は酒を飲まない。歳の頃は16だそうでまだまだ子供だから、と本人は言う。なので彼はいつもミルクを頼んでいた。
そしてそれは今日も変わらず同じミルクを頼む。普段と変わるなら今日はカウンターに座ったことだろう。いつもはテルマさんの話を立って聞くか、座るなら奥の席に行くか、だ。私の前のカウンターに座ったのは数える程度である。

だが、それも今日はテルマさんも奥の席の人もいないからだろう。



「どうぞ。頼んでもらったけど生憎それに見合う情報は持ってません」
「うん、知ってる。名無ってば周りの事にまるで興味もってないし」


これもこれで失礼な気がする。



「今度は何を探しているんですか?」
「うーん…。今は特に」
「そうなんですか」


まだ外が明るいこともあり、お客さんは少ない。仕事として話しかけてみるが案外あっさりと会話は幕を閉じた。特に情報を求めたわけでもないのに何で酒場になんか来たんだろう。


「名無に会うためだよ」
「え?」


急な発言に目を丸くさせ勇者の方をみると意地悪く笑った彼と目が合う。なんか凄い嫌な感じしかしない。あといきなり心臓が変に音をたて鼓動が早くなっていくのが分かった。


「もしかして照れてる?」
「て、照れてなんかないです…!」


うっかりぶつかって倒れそうになったグラスを支える。
彼は先程から変わらない顔で私をみていた。私もどうしたらいいのかわからなくて、何故か彼の方をみている。顔に熱が集中してきた。
すると彼の腕がのびてきて私の頬に触れる。グローブの先から覗く指先が私を撫でた。


「でも顔真っ赤。名無は嘘をつくのが下手だね」

直ぐにでも振り払ってしまいたかったのに体は動かなくて声にならないものが口の端から漏れる。
そんな私の様子を楽しむように彼はするりと首筋を撫でた。


「ちょっ、と…」
「こういうことされるのイヤ?」


しゅるりと胸元のリボンがほどかれる。な、な、なんなんだ!
今にも心臓は爆発しそうだし、耳は熱で痛いし、な、なにがイヤ?だ、可愛く小首を傾げても騙されないからな!


「ふざけないでください」

バッとリボンを奪い返して手早く結ぶ。彼はリボンの無くなった手を見て残念そうな顔をしていた。



「名無」
「こ、今度はなんですか」
「好きだよ」
「へ?」


ぱちくり、目を瞬かせる。
いまいち何をいっているのか私にはわからなかった。好き?誰が何を。勇者がミルクを?それは十分承知の上です。


「名無は俺のこと、好き?」


どうやら違うらしい。勇者が私を?そんなこといきなり言われても私にはわからない。心臓はばくばくと激しく鳴るし声を出そうとしても音にならない。
私が勇者を好きだなんて考えたこともない。第一私はコイツが苦手なんだ!


「私、は…好き、じゃないです…!」


こちらをジッとみる彼の視線に耐えられなく私の視線は下を向いた。顔が見えない代わりに緑色が目に入る。
彼が黙っていたのはほんの少しの間ですぐに「そっか」と呟いて席をたった。


「ごめんね、名無」

チリン、と音がする。
目の端に映るグラスの隣に置かれたミルク代ぴったりのルピー。ライトが反射してとてもキラキラと光る。


「また来るよ」

店を出るときに勇者が少しだけ寂しそうに笑ったような気がして勢いよく顔をあげたが勇者はもういなかった。
自分で好きじゃないといったくせに心の中がもやもやとして落ち着かない。本心だったはずなのに、納得がいかない。

私は他のお客さんに少しだけ視線をやってからドアへ走った。店にいたのはメニューをみてしゃがみこんでるポストマンだけだった。



バンッと大きな音を立てドアを開ける。普段ならお行儀が悪いから全くしないのに今はそんなことどうでもよかった。

大通りへ続く道を見るがいつも目立つ緑色はない。
それだけで胸がぎゅっと締め付けられるように感じる。まだ遠くにはいってないかも知れない。そう思って走り出そうとした。





「勝手に店空けていいの?」

足が地面を蹴るより先に背中からかけられる声。すぐに振り替えると店の横に積んである木箱に彼は座っていた。


「え、あっ…」

小さく溢れるのは自分の声。彼に用事があったはずなのにいざ前にしたら何を言えばいいのかわからなくなってしまった。そもそも私は何故自分から苦手なやつのところにきたのだろう。


「なんで…まだいるんですか」

言いたかったことはこんなことじゃないハズなのに。自分の口から漏れた言葉をすぐにでも消してしまいたかった。

そんな私の様子なんか気にしないように勇者は木箱から降りて私の目の前に立つ。


「なんか、忘れものをしたような気がして」
「忘れもの?」
「…名無も気づいたから出てきたんだろ?」

目の前の勇者はいつもより優しく笑った。
背の高い彼の青に映る私は眉間にしわを寄せ口を一文字にしている。伝えたい言葉はある気がする、けどなんだか恥ずかしくて言えない。

さっきみたいにもう一度聞いてくれれば、今度はちゃんと言うのに。彼は笑ったまま口を開かなかった。その代わりにさっきと同じように頬へ触れる。



「名無」
「…あ、あなたのこと、が」
「俺のことが?」
「そ、その…」
「なに?ちゃんと言って」


両手で顔を押さえられて顔を動かせなくなる。恥ずかしくて目をそらしたかったのにそれも許されない。彼の目しか見ることが出来なかった。


「す…」
「す?」
「──ッ、察してください…」
「だーめ。最後までちゃんと言って」


もうわかってるはずなのに。彼ほど頭の良い男なら私が言いたいことなんてわかっているはずなのに。さっきより青との距離が近くなったぐらいで状況は変わらなかった。


「す、す……き…です」
「よく聞こえなかったからもう一回いって?」
「ッ!」

もう一回なんてできるハズがない。一回ですら心臓が破裂しそうなくらいドキドキして苦しいのにそれ以上だなんて!


「はやく、名無。俺、時間ないんだ」
「──っ、あなたのことが好きです!」


ご近所迷惑も考えず大声を出してしまった後、ちょっとだけ乱暴に唇がぶつかった。

何が起きてるのかわからなくて思いっきり勇者の体を押したがびくともしない。
重なるだけでゆっくりと離れた彼の顔はやけに満足げでそれだけで私はなんだか不穏な空気を感じた。


「よくできました」
「なっ、なっ…」
「だから言っただろ。名無は嘘が下手だって。あんなかわいい顔して好きじゃないなんて言われても全く信じられない」
「そんな、私を試して…!」
「名無が素直にならないのが悪いんだろ」


にこにこと、それはもう嬉しそうに笑う勇者に悔しくなった。あのちょっと寂しそうに店を出たのも全部芝居だったというのか!

ぎりりと睨み付けるが彼はそんなものどこ吹く風とでも言うように私の手を握る。彼の手は私より温度に恵まれていた。


「ちょ、ちょっと、何してるんですか」

手を握られているだけなのにまた私の心臓は脈を早めていくから息がつまりそうになる。
ほどこうと腕を降ってみるがそれより強い力で腕を引かれてしまった。


「うーん、せっかくだし?」
「なにがせっかくですか。私もう店に戻らないと。それに時間ないんでしょう」
「戻ってもポストマンしかいないじゃん。あと、時間ないって言ったのウソ」


コイツあんな場面でさらっと嘘ついてたのか…!自分の指と指の間に勇者の指が入り込む。指先は恵まれていた温度もグローブまではそうもいかない。ひんやりと私の手のひらの体温を奪っていった。


「ねぇ、名無」
「はい」


バラバラと指先を動かしながら手を握る彼は視線を手から私の方へと移す。
彼の微笑みはとても、綺麗だ。


「好きだよ」


そんなこと恥ずかしくてとても言えないけれど。





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一周年企画ご参加ありがとうございました!

いつもいらっしゃってくださっていると言って嬉しかったです。ホントにありがとうございます。こんなに遅くなってしまって本当に本当に申し訳ございません。あぁもう本当にスライディング土下座からのローリング土下座です。

ドS黄昏勇者とツンデレ夢主というおいしいシチュエーションありがとうございました。しかしこれ勇者がドSというより攻めてるだけのようないやそんなまさか。意地悪な勇者っていいですよね。優しい顔してせめられたいです。


こんなに遅くなってしまいましたがこれからもお付き合いいただけたら嬉しい限りです。
一周年企画ご参加ありがとうございました。今後もご贔屓に!





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