zzz | ナノ


▼ 水に情死



「ねぇ、勇者が来たみたいだよ」
「…本物か?」
「たぶん。だって貴方にそっくりだった」

厳密にいうなら貴方がそっくりなんだけど。そういってアイツは体を揺らした。尾ひれがゆらゆらと水面を波立たせる。


「もし、さ。私が勇者を倒したら」
「勇者は俺が倒す」
「だからもし、だよ。もし」
「………」
「倒さなくてもそれくらいの事をしたら」


揺れる尾ひれが水を飛ばして波紋をいくつもつくった。俺はこの場所から動かないからここの水面を揺らすのはいつもコイツだ。

「ガノンドロフ様は私に足をくれるかな…」

そういったアイツの視線はどこか遠くをみていた。
…前に半魚人と呼んだら人魚っていえ!と怒鳴られたことがある。あのお伽噺みたいにお前も足を求めるのか。

「…無理だな」
「えー、なんで?」
「お前に勇者は倒せない」
「……ちぇー」

唇を尖らせたアイツはちらりとだけ俺を視界にいれる。それから直ぐにため息を吐いた。俺の足が羨ましいのか。

「でも私の方が先に勇者に会うもん」
「……くたばっちまえ」
「酷い。でもそろそろいかないと。じゃあねダーク」
「……」


俺が返事を返す前にアイツは一際大きく跳ねて水に溶け込んでいった。いつも俺は返事を返さないから気にしなかったのだろう。
……足を貰ったあの女は泡になっちまったんだぞ。



*



ぱしゃんぱしゃんと水面が揺れる。でもそれの根源はいつもと違った。

負けたのか。

ただそれだけ思った。
別に俺にとってアイツはただ同じ神殿にいた魔物な訳だし特に何か感情を抱く訳ではない。
寧ろ間違って勇者を倒してしまわなくて好都合だった。

「勇者を、倒す」



*



「あーあ、ダークも負けちゃったね」
水がいつもと同じ揺れ方をする。
声が聞こえるのにアイツの姿はない。ただ、水面だけがいつもと同じように揺れた。


「結局勇者は勇者なんだね」

よく聞けば声も今までとは違って水を揺らしてるだけだと気づく。音にならず、ただ振動するから俺がわかるだけ。水を扱えないヤツにはまるで聞こえないだろう。

「死んだんじゃなかったのか」
「ギリギリのところで水に溶けた」
「……(しぶとい)」
「でも大分魔力無くなっちゃったからもう今までみたいには戻れないなあ。流石は退魔の剣、だね」


ついさっきまでは自分の魔力なんて気にしないで使ってたのに今は少しでも使うのが惜しいくらい少なさを感じてる。そう続けるアイツは水の中を泳ぎ続けた。俺だって、同じだ。
水面に仰向けに浮かぶ俺の周りを水の塊がぐるぐると回る。いつもなら水に流れた髪もヒレも、もう無い。


「でもきっとガノンドロフ様はもう私達に魔力はくれないよね」
「あぁ…」
「しょうがないか」

負けちゃったんだし。ぐるぐる回っていた水が俺の隣で止まる。水はまだ揺れているがその内それもおさまるだろう。

「私達、このまま死んじゃうのかな」
「…さぁな」
「でも、もしこのまま死ぬんだったら最期までダークと一緒だね」

隣の水塊は水を転がして笑う。
そういえばコイツはいつから一緒にいたんだ。7年前に勇者が封印されガノンドロフ様がこの地を支配してから、俺はこの神殿に生まれ、気づいたらコイツもいた。
もう、7年も経っていたのか。


「…一度でいいから、ダークと外を歩いてみたかった」


今にも消えそうな声だった。
水を揺らすだけの声はまるでそのまま水に溶けてしまいそうで、俺は荒々しく隣にあった水を掴む。

「ダー…、ッ」

勢いを止めることなくそれに唇を押し付けた。どこら辺に顔があるかなんてわかりもしないけれど、そんなのどうでもいい。
ただ、ただ、こうしたくなった。
アイツが俺をみてため息を吐いたのは羨望なんかじゃなかった。


ゆらゆら揺れる水の中で、俺の残り少ない魔力を受けたアイツは一瞬だけ昔の姿を取り戻す。
俺の首に回された腕。目の前で昔みたいに笑う顔。全てが一瞬だった。それでもアイツは泣きそうなくらい幸せそうに水を揺らす。



水に抱かれて俺たちは神殿の底に沈んでいった。







------------------

ダーリンの小説っていつも落ちが一緒になっちゃあばば
きっとダーリンのイメージがこんな感じなんだろうな。
水の中に溶け込む、みたいな。
ダーリン好きですダーリン。






[ ▲ ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -