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▼ 邪の応酬



「食べちゃうよ」
目の前のリンクはにっこりと目を細める。私はフォークをにぎったまま口を動かした。今日は採れたてのナスとトマトのスパゲッティだ。ナスは今朝コリンが届けてくれたものである。
「なに?足りなかったの?もっとパスタ湯でようか?」
早く言えばいいのに。リンクの皿は私より先に空になっていて、でもリンクは水を飲んだりおしゃべりしたりしながら私が食べ終わるまで待っていてくれた。リンクとおうちでお昼ご飯を食べるのは先週振りくらい。いつもは牧場でリンクと私とファドの三人で食べる。今日は牧童のお仕事は午前中だけだったのでお昼にリンクは帰ってきた。
「ううん。パスタはもういいや。おいしかったよ」
「ありがとう。…じゃあ、なにを…?」
もちろん、名無をだよ。今度は笑顔のついでに首も傾げた。何を言っているんだこいつは。私は止めていた手を動かしてくるくるとパスタをまき始める。角切りにされたトマトがパスタの渦に巻き込まれた。リンクは相変わらずにこにこしながら頬杖をついて私を見ている。
「昼間っから何言ってるのよ。また山羊に突撃されたの?」
「別に。山羊に突撃されてないし、俺は至って普通だけど」
そういってリンクは私の唇に指先を延ばす。きれいな指先が赤いソースを掬った。いちいちやることが気障ったらしい。指先はぺろりと舐められてテーブルの上に戻る。私はフォークをおいてグラスに手を伸ばした。小さくなった氷が音をたてる。
「普通の人間がそんな獣みたいな発言すると思ってるの」
「でも俺半分獣だし。狼って結構似合ってると思うんだけど」
「からかわないでよ」
私が再びフォークを握るとその先がパスタにつく前にリンクが手を重ねた。
「からかってないよ」
俺見たんだ。昨日名無が城下町にいるとこ。真剣な表情でどんな重大発表をするのかと思ったらそんなことか。私が城下町に行くのは珍しくない。トアル村より物の種類は豊富だし、少しオシャレなものも買える。それにあの賑わった雰囲気が好きだ。セーラさんの雑貨屋さんも好きだからよく行くけどやっぱり城下町のお店の方がいろんなものが置いてある。あっちの方がちょっと物価が高いのはしょうがない。
「城下町なんてよく行くじゃない」
「あーもう!いつも言ってるだろ!一人で城下町に行くなって!」
「だからいつも言ってるじゃない。森の魔物なんてもう慣れたって。どれだけこの村に暮らしてると思ってるの」
「それもそうだけど!」
俺が言ってるのは森だけじゃないんだってこと。そう言ってリンクは顔をぐっと近付けてくる。近いってば。パスタがあと少しなんだから食べさせてくれたっていいじゃない。ちなみに手もまだ握られたままだ。
「平原も同じことでしょ」
「俺が言ってるのは城下町のこと!」
「あそこには魔物なんてでないわよ。たまに足枷のついた大きな狼が人を驚かせてるけど」
「それはしょうがないだろ…って違う。俺が言いたいのはそうじゃなくて」
グイッと更に近付けられた眼の中に自分の顔を見つけた。鼻がかすかにぶつかってくすぐったい。いつの間にかリンクは半身を乗り出している。思わずグラスに目をやった。こぼれそうな位置にはない。
「…名無、果物屋の男と仲よさ気に話してた」
「まぁ、いつもおまけしてくれるし」
「酒場の客とも仲よさそうだった」
「テルマさんのとこ良く行くし、ってまさか嫉妬してるの?」
そういうとリンクは口をへの字に曲げて黙った。…かわいい奴め。空いた手で眉間のしわをつくと迷惑そうに片目をつむる。「別に浮気するわけじゃないんだからもっと安心してよ」「やだ」リンクは一度だけ意図的に鼻をぶつけた。やだってなんだやだって。そんなに私が信用できないのか。
「別に名無を信用してないわけじゃないよ。相手を信用してないだけだ」
名無にその気がなくても相手は違うだろ。そういったリンクのわずかに膨らませた頬がまたかわいいと思った。
「それに名無は女の子なんだよ。いくら慣れてても一人で魔物がいる道なんて通らないで」
リンクも過保護になったな、なんて暢気なことを考える。第一なんでリンクは城下町にいたのよ。私が城下町に行く時は大抵リンクが牧童のお仕事をしてる時のはずなんだけど。「たまたまファドに頼まれて買物をしに行ってたんだよ」あらそう。でも私見たんだから。そう言ってフォークを持っていた手を動かすと案外あっさりとほどけた。
「スタアゲームのところで女の子たちに囲まれてるの」
「なっ…」ずいぶん前だけど、その言葉は音になる前にパスタと一緒に飲みこんだ。鼻がぶつかりそうだった距離は少し開いて、一緒にリンクの目も大きく開かれる。思い出すたびに胸がきゅうってなるのは今でも例外ではなくパスタをのみこむのが少し面倒くさかった。あれを見たときは思わず持っていた紙袋からリンゴを取り出して投げつけたくなったものだ。訝しげにリンクをみると表情はへの字口に戻っていた。
「別に、あんなのなんとも思っていない」
「…『別にリンクを信用してないわけじゃないよ。相手を信用してないだけ』」
「うっ…」リンクは表情を歪めて少しだけ泣きそうな顔をする。ちょっと強気に出たと思ったらいつの間にか逆転してるじゃないか。勇者のクセに情けない。食べ終わった皿にフォークを滑らせる。リンクの皿と重ねて立ち上がろうとしたら再びリンクが私の手を掴んだ。
「でも俺はいざとなったら女の子を振り払えるけど名無は違うだろ?」
何があっても絶対しないクセに。リンクは優しすぎるから絶対に女の子を振り払うなんてしない。でもそんなことを言われたら言い返す言葉が見つからないのも事実。いくら魔物に慣れてるとはいえ戦ったことはないし男の人を振り払えないのは確かだ。強い視線がこちらを向く。なによ、また強気に出ちゃって。
「だから、あんまり勝手なことしてるとお仕置きで食べちゃうよ」
「ただの欲求不満じゃないの」
私の手から皿を奪ったリンクは立ち上がって私の唇を食べた。



「邪の応酬」

無理矢理落とした感が否めない。





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