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▼ 勇者だってアオハル

「好きだよ」
僕の口からこぼれた言葉に彼女は少しだけ吃驚して、そのあと、ゆっくり微笑んだ。

「わたしも」
その返事に僕は天にも昇るような気持ちで彼女を抱きしめようと腕を伸ばす。心臓がどきどきと音をたてた。早る気持ちを抑えられない。あぁ、こんなにも焦がれている!早くその身を預けてくれと急かす感情とは裏腹に僕の手は彼女の腕をすり抜けた。


「…スター…、マスター?」
頭の上からファイの声がする。伸びた自分の腕は虚空で居心地悪そうに揺れていた。それが何を意味するかなんてよくわかっている。夢だ。僕はまた彼女の夢を見ていた。ぱたり、自分の腕が体の上に落ちてくる。顔を横に向けると机の上に置きっぱなしになっている作りかけの彫刻と目が合った。

「マスターリンク、設定いただいた起床時間になったためお声がけしました。何やら夢を見ていたようですがお加減はいかがですか」
「…微妙」
はぁー…と長めに息を吐いて体を起こす。名無の夢を見るのなんて―かなり恥ずかしい話だが―珍しくない。しかし夢を見た後はやはり彼女のことを意識してしまう。もう少し長く夢を見ていればその体を抱きしめることはできただろうか。ふるふると頭を振って雑念をまき散らす。ゼルダを助けるため、厄災を防ぐため、今、惚れた腫れたに現を抜かす暇はないのだ。それでも脳裏には同じ騎士学校に通う彼女の顔が染みついていたのでもう一度息を多めに吐いた。ファイの何か言いたげな視線には何も返さなかった。

ブーツを履いて、剣と盾を背負う。今日はフィローネの森に向かう予定だ。その前に一度モールでいくつか消耗品を購入したい。昨日はスカイロフトに戻ってそのまま泥のように眠ってしまった。ポーチが軽いと空いたところに不安が詰まる。できる準備はしておきたい。ドアノブに手をかけたところでお腹がキュウと音をたてた。それより先に朝ごはんか…。


食堂でパンとスープを並べて座ると背後に人の気配がした。振り返るより早く向こうから声をかけられる。

「おはよう」
早いね、と続ける彼女は僕が朝、腕を掴もうとしてすり抜けてしまった人物だ。「おは、よう」まだ口に何も入れてないのに喉の中を何かが落ちていった。心臓がだんだんとリズムを早くする。何か気の利いたことを言いたいのに何も出てこない。それより自分が今朝、鏡をよく見てこなかったせいで、前髪は変じゃないかとか、服が汚れてないかとかそんなことばかり気になってしまった。一方名無は何も言わずに見つめる僕に小首をかしげる。そんな仕草もかわいい。

「私に何か用があった?」
「いや、…なにもないよ」
「そう?ならいいけど」

私もパンにしようかな、と彼女は僕のそばを離れ焼き釜の方へと歩いて行った。遠ざかる背中を見つめながら、いまだ派手な音をたてる心臓を宥める。結局大した話は出来なかった。なにもないなんてこと、ない。今日も可愛いね、ぐらい言えればよかった。一回も可愛いなんて言えたことなんかないけれど。いつもそうだ。彼女への気持ちが積もる度、緊張度も比例して積もる。こうして何も進展できずにチャンスを逃してばかり。魔物と対峙している時の方がまだ気が楽だ。夢でならあんなに大胆なのにな。

自分への不満と彼女への劣情を誤魔化そうと早足で朝食を平らげる。濃いカボチャスープは中々喉を滑らず、丸のみしたような気分だ。食器を片づけるため席を立つと自分の前の席に彼女がトレーを持ってやってきた。その手元には種類の違うパンが並んでいる。どうやらどのパンを食べるかたっぷり時間をかけて選んだようだった。

「あれ、もういくの?」
「え、」
「一緒に食べようかと思ったんだけれど、まあ仕方ないか。リンク忙しそうだもんね」

あ、あぁ…なんで僕はこうもタイミングが悪いんだ。少し残念そうに笑いながら腰を下ろす名無に倣って僕もまた座りそうになった。いや、座ってしまおうか。

「ゼルダのこと心配だしのんびりしてる暇ないよね。…頑張ってね」

純粋に応援してくれている彼女の瞳のせいで座れなくなってしまった。あと少し食べ終わるのが遅ければ、カボチャスープをもっと味わっていれば、なんて。数分も経たない前の自分を恨めしく思う。スカイロフトに戻ってきても必ず名無に会えるわけではないのに。せっかく彼女から歩み寄ってきてくれたのに。まるで僕の方から突き放しているようで焦る。それでも彼女の瞳を裏切りたくはない。

「…ありがとう」
パンをちぎって口へ運ぶ彼女は笑って僕を見あげる。その顔は僕が夢の中でみた表情とは少し違った。まるで何かをその裏に隠しているような、気のせいだろうか。パンを飲み込んだ彼女はその綺麗な唇をまた開く。

「応援しているよ」
「うん。…次、は、…あの、…一緒に、朝ごはん食べてくれるかな」

しどろもどろしながら胃の中からひねり出した言葉は喉が詰まりそうだった。緊張して耳まで熱いのが自分でもわかる。次はってなんだよ、今回ダメだったのは自分のせいだろ。頭ではわかるのに昂る神経ではこれが精いっぱいだった。僕の言葉に名無は少しだけきょとんとしたあと、笑う。あ、この顔は夢で見たカオに似ている。

「もちろん!」

朝でも昼でも、夜でも、いつでもいいよ。
口元にパン屑のついた顔で笑う彼女に心臓が破裂しそうだった。僕は逃げるように食器を片づけ、「いってくる!」と大声で彼女に伝えて学舎を飛び出した。心臓が内側から勢いよく胸をたたく。階段を駆け下りるとあっという間に息が上がってしまった。それでもとにかく今は走り抜けたかった。顔が、体が、端から端まで熱い。

「マスター。心拍数が異常値を示しています。一度落ち着くことを提案します」
「フィローネについたら!」
「承知しました。今はそれが最優先とします」

勢いよく島から飛び降りる間も、ロフトバードに乗っている間も、森まで下降している間も名無のことで頭がいっぱいだった。次は、絶対一緒に食事をするんだ。それで地上の出来事を話して、いっぱい笑ってほしい。それから、夜には部屋まで送って、おやすみって、できれば手ぐらい握りたい。急にそれは距離を詰めすぎだろうか。でももういくら頭を振っても彼女の顔を振り払うことはできなかった。
荒い息をそのままに、森の切り株に腰を下ろして自分の膝に頬杖をつく。結局モールで買い物もせずに降りてきてしまった。でも今はそんなことー決してそんな軽いことではないのだがーに割く脳のリソースはない。僕の脳裏には食堂での名無の顔が焼き付いていた。だって、あのカオはきっとそうだ。名無も僕のこと好きなんだ。きっと、そう。

「マスター。顔がにやけてますよ」
「…わかってる」

きっと僕は今日も名無の夢をみるだろう。それならば、次こそ、その体を抱きしめて見せる。夢ならこんなにも大胆なのに。現実では手をつなぐどころか会話さえままならないなんてな。「はは…」厄災を防ぐ勇者のはずなのにたった一人の女の子に振り回されて乾いた笑いしかでなかった。それでも彼女との食事に想いを馳せて立ち上がる。ファイのもの言いたげな視線は無視することにした。



inspire:♪ヤンキー片想い中




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