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▼ お見通しなのさ

ゼルダがいなくなった。
雲の下に落っこちてしまったとか、竜巻にさらわれてしまったとか、鳥使いの私たちには到底想像のつかない噂が島中に蔓延る。島から落ちてしまったのであれば警備隊の人がすごい勢いで飛んでくるし、あのゼルダが鳥乗り中の竜巻を避けられないはずがない。不思議に思いつつもゼルダがいなくなってしまったことだけは現実だった。私はゼルダと直接的な付き合いはあまりなかったけれど人となりはこの島の住人として知っている。いや、同じ寮に住むものとしてそれなりに知っていた。そして学友のリンクの幼馴染であり、とても仲が良いことも、…知っていた。
なので、いなくなってしまったゼルダを探しにリンクが旅に出てしまったことは不思議に思わなかった。ああ、やっぱりそうなるよね、と小さな針を飲み込んだような痛みを喉の奥底の先で感じたのを覚えている。それがどんな理由かは探す前に思考を放棄した。

たまに島に帰ってくるリンクは傷だらけでいつも赤い薬をビンに詰めていった。ついでにバドにちょっかいを出されては迷惑そうな顔をしてあしらっている様を見かける。私にもっと勇気があればきっと彼は私だ。相手の都合をわきまえても、なお、自分の感情に従って踏み込む。それが、自分を納得させるためには必要なのだ。だから勇気のない私は少しも自分の中の隙間を埋められずに窓から彼が雲の下へと落ちていく様子を眺める。自分でもバカだなと思った。けれど彼の邪魔をしたくないのも本心なので構わない。


「名無、いる?」
食堂でお昼ご飯を食べた後、部屋で本を読んでいると扉のノックと一緒に久々に聞く声がした。「はい」本を放り投げて急いで扉を上げるといつにも増して傷だらけのリンクが立っている。服も泥だらけでまるで雨上がりに遊んで返ってきた子供の様だ。しかしその頬も、とがった耳も、指先も、見える肌は擦り傷や切り傷で赤く色づいている。それがなんとも痛ましく見えた。

「ど、どうしたの!?こんな体で…早く医務室に…」
「いや、いいんだ。…名無と話しがしたくて」
汚れるからと遠慮する彼を無理やりベッドに座らせると、やはり無理をしていたのか、ふぅーと大きなため息を吐いた。私はとにかく傷の手当てをしなくてはと救急箱と一緒に買っておいた赤いクスリのビンを取り出す。それをみた緑の彼は「あぁ、やっぱり」と呟いた。その言葉に嫌な胸騒ぎを感じながら彼と目を合わせるとそのカオは満足そうに笑う。

「キミだったんだね」
「え…?」
「そのビン、いつも僕の部屋のドアにかけておいてくれていたの名無だろ」

その指摘に私は心臓から一気に血液が送りだされ顔まで真っ赤になった。心臓が最高速度で鼓動を刻み手が震える。「はは、名無、顔が真っ赤だよ」誰のせいだ。何故だ、どこだ、いつだ、何故、何故バレたんだ。恥ずかしい、恥ずかしい!少しでも彼の役に立ちたくて、ただの意気地なさを自己満足で慰めたくて、彼が島に帰ってくるのを見かけては部屋のドアノブに赤いクスリをかけておいた。名前もおいていなければリボンをつけるような自己主張もしていない。それなのに何故私だなんてわかったんだ。

「わかるよ。名無のことならなんでも」
「…そんな恥ずかしいこと言わないで」まるで小説の主人公みたいなセリフだ。
「はは。でも本当だよ。名無が僕のことみているように僕も名無のことちゃんと見ていたから」
なんという追撃だ。やめてくれ。一体いつから、いつからなんだ。私はもう自分の羞恥の許容範囲をとっくに超えてしまっている。今すぐにこの場から逃げ出したい。逃げ出してしまおうか。

「まあ、確信持つまで少し情報は集めたけどね。最近名無が大した怪我もしていないのに薬屋でよく買い物している姿を見かけるとか、僕が帰ってきてもクスリがかかってないときは名無が鳥乗りのバイトで遠くの島まで行っていたとか、…この島にいればすぐ買いに行けるクスリをそうやって買い置きしていること、とか」
それ、僕が帰ってきたことを夜になってから気付いた時、すぐにおけるようにだろ?そう続けるリンクは私の手の中にある赤いビンを指さした。すべてバレている。こんなストーカーみたいなことが本人にすべてバレている。なんてことだ。気持ち悪いと思われているに違いない。そうか、今日はその制裁に来たのか。こんな大けがをしていてもなお、気持ち悪いからやめろと、ならば私は受け入れるしかない。これで私の自己満足も終わりか。喉の奥が狭くなって息が詰まる。掠れそうな声を絞り出すために、一度息を吸ってすぐに吐き出した。

「ごめんなさい…。気持ち悪かったよね、もうやめます」
「えっ、なんで!」
私が乾いた口から無理矢理吐き出した言葉の語尾はリンクの驚いたような声に掻き消えた。予測していなかった彼の行動に私はつい面くらい、半身下がる。

「なんでって…」「せっかくお礼にきたのに」
ごそごそとポーチの中から引っ張り出したのはいつものビン。中に何か入っているようで淡い光がゆらゆらと揺れている。それが優しい光だったせいか私の動機も少し落ち着いた。昔、オストが見せてくれたホタルという虫に似ていると思ったのだけれどそれよりずっと優しくてあたたかな光だと思った。ずっと眺めていられそうだ。

「ホントは名無にあげるつもりだったんだけど、まさかこんな傷だらけになっちゃうとは思わなくて」
そういわれて急に現実に戻る。そうだ彼は私の気持ち悪い行動云々の前にとにかく大きな怪我をしているのだ。手当てだけでもと手中のビンを差し出したがそれより先に彼が自分のビンの蓋を開ける。彼の手元からから飛び出たピンク色の光はリンクの周りをくるくると回ってあちこちでふわりふわり点滅した。そして頭上まで登ると光の残滓を残して消える。

「あ…」
「ごめん。僕が先に使っちゃった」
へへ、と笑う彼は照れ臭そうに頬をかく。その指先と頬はすでに傷が消えていた。泥だらけの服がむしろ不自然に見える。どうやらさっきのがクスリだったらしい。生き物のように見えたのでとても不思議で思わず目を瞬く。彼の旅先で出会ったのだろうか。突然の出来事に首をかしげるとリンクは私の差し出した手から赤いクスリを取り上げた。

「今のは妖精さんだよ。雲の下で初めて会ったんだ。とても綺麗だったでしょう」
「うん。すごく優しい光だった」
「そう。まるで名無みたいだよね」
「んん!?」
「これ、またもらっていいかな」
私の唸り声に回答はくれずに彼は赤いビンを持ち上げて首をかしげる。元々彼のために買ったものだ。「…どうぞ」聞かずとも最初から彼のものである。ここでまた心臓のあたりにもやもやが広がった。一瞬気を紛らわされたが制裁はまだ終わっていない。

「ありがとう。…名無に見せたくて」
クスリをポーチにしまった彼は私の目を真っすぐに射貫いた。その青があまりに綺麗だったから思わず息を飲む。長い金色のまつげまで私の心臓を突き刺すようだった。

「雲の下の世界は危険なこともいっぱいあるけれど、綺麗なものも、面白いものもいっぱいあったよ。最初はゼルダを探すために夢中で飛び込んだけれど今はそれだけじゃない。そこに住む人たちの願い事や頼まれごとなんかもいっぱいあってさ」
ゼルダという言葉にまた靄が濃くなる。嫌だな。彼女のことが嫌いなわけではないのに。それに優しい彼のことだ。雲の下の世界の人の願いもすべて叶えてあげているのだろう。そうやって彼はまた傷を増やす。勝手に想像して胸の奥が抓まれたようにきゅっと音をたてた。思わず逸らしそうになる目を彼の青が離さない。

「ゼルダが無事だってわかって、少し安心したのかも」
「ゼルダは無事なの?…よかった」
これは本心だ。自分の口元が自然に緩んだのがわかる。彼は話を続けた。

「…うん。今は僕の力が足りないから他の人が彼女を守っている。それで、大変なことになっちゃったけど僕もちょっと余裕ができて」
そうしたら、名無に会いたくなった。

「え?」
勢いよく立ち上がった彼は私の手を引くと寮の玄関まで走り出す。

「最初は旅の話をしようと思ったんだ。妖精さんはそのきっかけとクスリのお礼にと思って連れてきた」

扉を開けて外階段を駆け抜ける。

「でも、名無の顔をみたらそれじゃ足りないと思って」

私は急な全力疾走に息が追い付かない。それにリンクも気付いていそうだったが走るスピードは緩めてくれなかった。

「帰ってきた時においてあるクスリが嬉しかった。ひとりの部屋なのにおかえりって言ってもらえたみたいで、いってらっしゃいって言ってくれているみたいで」

全力で駆ける私たちを島の人たちが何事かとみている。

「傷ついた時に開けるビンが頑張ってといってくれているみたいで」

「本当に嬉しかったんだ」


島の広場まで来た彼はまたスピードを上げる。ついに私は足がもつれて前のめりになったがそのまま倒れることはなく、腕ごと体を持ち上げられて抱きかかえられた。ぐるぐると回りながら、リンクはうまくバランスをとって走り続ける。父親が子供抱きかかえるように持ち上げられた私はいつもと違う目の高さに状況が飲み込めない。とにかくリンクに気持ち悪いと思われていなかったことがわかって安心した。しかし上下左右に目まぐるしく動く視線に思考は追い付かない。

「え、あ、リンク!?」
「いくよ、名無。僕あまり二人乗りしたことないから協力してね」
そのまま桟橋を走り抜けるといつもと違う目線で島から飛び降りた。「ひっ…」私が息を殺すのと同時にリンクの指笛が鳴り響く。遠くから呼応するロフトバードの声と赤い羽。そこそこの衝撃を受け止めたあと、ぐんぐんと体が上昇していくのを感じた。高度が安定したのを感じ、落ちないようにバランスを取りながらロフトバードにまたがるとリンクに背中を預ける。

「びっくりした?」
「しました!リンクがこんな強引だったなんて知らなかった」
「…幻滅した?」
「ううん…。男らしくていいと思う」
「よかった。いきおいででてきちゃったから少し緊張した」
リンクも緊張するんだ…。彼の顔を見上げるとロフトバードが急に高度を落とすので思わず体を屈める。
「名無、もう一回ダイブするから準備していてね」「へっ!?」急な降下に伴う風切り音でよく聞こえなかったが何か不穏な言葉が聞こえなかったか。ロフトバードの頭越しにぽっかりと雲に空いた穴が見える。その下にはうっすらと緑色が塗られていた。だんだんと輪郭がはっきりとし、木々が立ち並んでいるのが見える。あれは森だ。前に資料室の文献で見たことがある。初めて見る光景に目を奪われていると、急におなかに回された腕に意識を引き戻された。背中とお腹と、前後に感じる彼の体温に心底パニックになる。

「熱心に見ているけれど、これからあそこに行くんだからそんなに目を凝らさなくていいよ」
「…ッみるってこのことじゃないの!?」
「まさか」
ぎゅっと後ろから抱きしめられるとそのまま私たちは穴の真上から一直線に落っこちた。ダイブには慣れているけれどいつもの感覚とは全く違う。彼が後ろにいるというのもそうだが、肌に触れる空気が、吸い込む空気がスカイロフトのものとは全く違うのだ。急に異世界に飛び込んだ気がして身震いする。しかし私が現実を受け入れる間もなく目の前の木々はどんどんと色を濃くさせた。
「僕、パラショール開くのに両手使わなくちゃだから名無がちゃんと僕に掴まっていないと先に落っこちちゃうからね」

耳元で告げられる言葉に驚いて彼の顔を見る。それはさも当然という顔をしていて、もう呆れるしかない。
「ふ、ふふ…!リンクって本当すごいよ」
「そう?名無のおかげだよ。」笑う私にリンクは真面目な顔で言葉をつづける。
「最初はビンを見ると名無のことを思い出していたんだけれど、だんだん珍しいものを見たとき、嬉しいことがあったとき、名無に話したいなって思うようになったんだ。だから絶対スカイロフトに戻らなくちゃって頑張れた。でも名無ってば僕が帰ってきても遠くからこっちを見るだけで話しかけてくれないし、気付いたら鳥乗りで出かけてしまうし。でも僕ももう我慢できないと思って次にスカイロフトに戻ったときは真っ先に名無のところに行こうと決めてたんだ」
彼の口から紡がれる言葉に耳の先まで熱が灯る。私を抱きしめる彼の腕が少し強くなった気がした。すっかりバレていたのはもう仕方ないとして本当にこちらの行動まで観察されていたなんて。しかも私に会いたがっていた?これは本当に現実だろうか。夢ではないのか?

「名無はすぐ顔が赤くなるね」全部リンクのせいだよ。「ほら、夢じゃないよ。もうすぐ地上につくから準備して」あまりにも自分の心臓が音をたてるものだから無性に恥ずかしかった。これでは確実に彼に聞こえているだろう。しかし私にはもう観念して受け入れるしか術がない。
体を反転させ彼の背中へ腕を回すのは変わらず緊張した。少し前まで窓から見ているだけだったのに。薬を渡すのに声をかける勇気もなかったのに。そんな彼がこんな近くにいるなんて。「もう死んでもいい」「まだだめだよ」私のつぶやきに彼がちゃんと返事をしてくれる。そういう意味じゃないのだけれど今はその声が心地よいのでそのままにした。こんなに近い彼の香りに気絶しそう。その遠くに木々の青い香りがした。




これからは僕のそばで、直接キミから声かけてほしいんだ。
森の中で手を引く彼は私の心臓に爆弾をぶつけてくるものだから本当に死ぬかと思った。いつの間にか飲み込んだ針も胸の中の靄も消化してしまったようだ。




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