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▼ 飴玉の魔法

「あっそびにきましたー」
「帰れ」

せっかくわざわざこんな神殿の奥深くまで来たのに、即刻退去命令を言い渡されてしまった。しかし無視してずけずけとダークさんへ歩み寄る。ぱしゃん、と水しぶきが上った。

「相変わらずつれませんね、ダークさん」
「うるさい、いい加減自分の持ち場で待っているということを覚えろ」
「そんなダークさんに今日はお土産がありますよ」
「話を聞け」

勇者を迎え撃つという使命が私にもあるのは知っているし、ダークさんがそれを指しているのもわかっている。誰の指図も受けなさそうなダークさんはガノンドロフ様の指示に忠実に従っているのだ。なんてよくできた魔物だろう。まあ、恐らく勇者に対して個人的に恨みを持っているというのもあるのだろうが。

「じゃーん。今、村の子供たちの間で流行っているというキータンのお面です」
「それが流行ったのはもうずいぶん昔だぞ」
「あれ、ダークさん意外と流行に詳しいんですね。外に出ないくせになんで?」

せっかく持ってきたのにダークさんは私の手にある黄色のお面に一瞥くれただけだった。ご機嫌斜めなのか、ふいっとそっぽを向いてしまう。確かに買ったとき、店主の女は流行ったのがだいたい7年ぐらい前だと言っていた。ちょうど、まだガノンドロフ様が城で媚びへつらっていた時ぐらいですね。仕方ないからそのお面はダークさんの頭につけてあげるともう抵抗するのもめんどくさいのかおとなしくつけられた。それにしても、外に全く出ないダークさんがこのお面を知っていたことが不思議だ。

「がっかりしないでくださいね。実はまだありますよ」
「いいから早く帰れ」

てれれれーっと取り出したるは空き瓶。ではなく、その中にカラフルな飴玉が詰まっている。私が動かすたびにからころと音を立て、きらきらと揺れた。ピンク、水色、黄色、黄緑色、白、鮮やかな飴玉はいつ見ても心を浮つかせる。普段、私たち魔物は特に食事をとる必要がない。だからおいしいとかまずいとかそんなものはどうでもいい。見た目が重要なのだ。そう、見た目が。初めて見たときから気に入った。それが人間の食べ物だということはあとから知ったがそんなことはどうでもよかった。とにかくそれが欲しくて神殿内のルピーをすぐにかき集め交換した。今思えば自分は魔物なんだし掏ってしまってもよかったかもしれない。瓶を通して落ちる影が水面でカラフルに揺れる。その光はダークさんの視界にも入ったようで私のほうをちらりと向いてくれた。しかしそれに突っ込むとまたそっぽ向いてしまうのでとりあえずここは触れないでおく。

「奇麗でしょう?村でもたまにしか売りに出ないんですよ。しかも子供たちと奪い合いになるのでここまで増やすのに苦労しました」
「お前は外の奴らと慣れあっているのか。それもガキと同レベルの争いまでして。正直そこまでとは思わなかったな。そんな奴はさっさと出ていけ」
「やだなあ、この姿のまま出ていくわけじゃないですよ?ちゃんと子供に化けて村の様子をうかがっているんです。奴らってたまーに変なのもいますけど基本的には甘ちゃんっていうか、子供の姿をしている奴には滅法弱いし、勇者が今何しているのか筒抜け状態です」

勇者という単語にダークさんは耳をピクリと反応させた。まるでウサギのようだ。筒抜けといっても勇者自体、村にそこまで頻繁に立ち寄るわけではなく、あっちのほうに向かったとかあの辺で見かけた、とかそんな程度の話である。

「残念ながら勇者さんがこの神殿に来るにはまーだまだ時間がかかりそうですね」

なんて言ってみると、ダークさんはその赤い目をギラギラと揺らした。あの目はいつ見てもぞくぞくして、私の魔物の感情を昂らせる。やだなあ、そんな話をしに来たわけじゃないのに。

「ね、ちゃんと仕事してるでしょう?」
「…ふんっ」

そのついでがガキと喧嘩してまでの飴玉集めとはどっちが本命かわからないな、と繋げられた言葉は聞かなかったことにする。だって奇麗じゃないですか、コレ。

「そんなものを見せびらかすために来たんだったらさっさと帰れ」
「でも勇者はまだ来ませんよ?」
「お前は弱いんだから少しは修行でもしておけ」
「でもそれで私のほうが先に勇者を倒しちゃったら怒るんでしょ?」
「…」
「ダークさんが負けてその仇討ち…なんて想像しただけでも、ほらやっぱり怒る!もうっ!」

キータンのお面から半分だけのぞくダークさんの表情はわずかに眉間にしわを寄せているだけだったが、ダークさんの後ろから水柱が立っては私に向かって勢いよく飛び込んでくる。さすがにそのまま受けると痛いからひらりはらりと避けるとカラフルな水面もゆらゆら大きく揺れた。あぁ、やっぱり奇麗だ。

「っ、おとなしく水でもかぶっておけ!」
「痛いのは嫌です」

空中に跳ねてまたそこで体を一ひねり、続けて迫ってきた水柱もまた体を反転させて避けるがこれがいけなかった。すでに避けた水柱に片足を突っ込んでしまいそれに引きずられる。

「おっと、」

私が体制を崩したことに満足したのかダークさんは口角をあげてこちらを見上げていた。これ以上攻撃が続かないから止めまでさすつもりはないのだろう。そして、追撃がなければ私も体制を立て直せるということも恐らくわかっている。でなければ、ダークさんの真上に私がいるのにあんな余裕な顔しているはずがない。しかし残念。私も面倒なのでそのまま体を状況に任せた。自然の摂理に従って真っすぐ落ちる私の体。お、ダークさんが私の意図に気付いた。ちょっとびっくりして嫌そうな顔してる。でもまたまた残念。もう避ける時間もありませーん。


どすん、なんて女の子らしくない音をたててダークさんの上に着地した。ダークさんの胡坐の上に落ち着いた私はそこから上を見上げる。ダークさんは至極嫌そうな顔をしていた。

「なにしてんだ、お前」
「だって、ダークさんが仕掛けてきたんじゃないですか」
「絶対持ち直せただろう」
「相手がいつも予想通りに動くとは限りませんよ」

はぁ、なんてため息をつくダークさんは遠くの水面を眺めている。そういえば飴玉。私の手の中にある瓶ではからころとまた飴が音をたてた。瓶のコルクを抜き中から一つ取り出すと不審に思ったのかダークさんの視線が私のほうへ向く。気になります?と聞くと「別に」なんてそっけない返事が返ってきた。

「ダークさん、口、開けてください」
「いやだ」
「別に悪いものは入ってないですよ。まずくもないし」

おいしいまずいは重要じゃなくてもやはり不味いものを進んで取り入れたいとは思わない。私たちが人間と同じ味覚をしているかどうかはわからないが、とりあえず飴玉についてはまずいと思ったことはないから恐らくダークさんも大丈夫だろう。ピンク色のそれをダークさんの口元へもっていったがダークさんはつれなくそっぽを向いてしまった。

「ダークさんってば」

ダークさんの唇にそれをくっつけてみたがダークさんは相変わらずこっちを見ない。もう。意地っ張り。ホントは気になるくせに。いいですよ、私が食べちゃうから。
唇から飴玉を離そうと指に力を入れた瞬間だった。ホントに微かな力の動きを感じたのであろう。視線は向こうに投げたままダークさんの唇が開いて飴玉が飲み込まれた。

「ダーク、さん」

べろりと指先を口の中で舐められた。
飲み込まれたのは飴だけではすまなく、私の指先まで加えられて、私が呆然としている間に早く出ていけと言わんばかりにさらにガブリと前歯で噛まれる。

「甘い」
「…飴ですからね」
私の手を引くと指先とダークさんの口に一瞬意図が引いたがダークさんは気にしていないようだった。私が気にしすぎなのだろうか。ダークさんをからかいに来たのになんだか振り回されてしまったなあいろんな意味で、なんて思いながらダークさんを見上げたら目が合った。キータンのお面と、飴玉で膨れた頬が子供の様で可愛らしい。私の顔がにやけたことを瞬時に悟ったダークさんは私の頬をつまみ上げる。

「早く帰れ」
「えー、もう少し遊びましょうよ」
「うるさい。…勇者が来るまでだ」
「言ったじゃないですか。まだまだ来ませんよって」

私の言葉に対し、ダークさんは一言「わかってる」とだけ返した。あれ、それって、そういうことですよね?珍しい。飴玉のおかげかしら。奇麗なだけでなく、こんな奇跡まで起こすなんて。キラキラと揺れるカラフルな水面はまるで飴玉が笑っているようだった。






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