zzz | ナノ


▼ トクベツな日


コキリの森で育ったハイリア人の僕は自分の誕生日を知らなかった。いつだったかデクの木さまに聞いてみたことがあったけど大体しか覚えていなくて確かな日付はわからないって言っていた。でも僕自身そんなに誕生日に固執することはなくて、森を出るまで気にも留めていなかった。
だから、カカリコ村で名無に僕の誕生日を作られた時はそんなに重要なことだと思わなかったんだ。
――え、リンクはお誕生日がないの?そんなの寂しいよ。だって、貴方が生まれたことにありがとうって言える日なんだから。いえ、それなら毎日思っているのだけれど、やっぱり口に出すのはちょっと恥ずかしいし、あ、いや、今のは弾みで…そ、そんなことより誕生日よ誕生日!そうね、じゃあ明日なんてどう?ちょうど満月なのよ。まあ、来年は満月じゃないけれど…でもいいでしょう?それともこの日がいい、とかある?ないの?じゃあ決まり!リンクの誕生日は明日ね!いけない、じゃあ今から誕生日プレゼント用意しなくちゃ。ケーキもクッキーも焼くからね。明日は外に出ていかないでまっすぐ私の家に来て!絶対だからね!

大切な日、なんて言いながらこんなあっさりと決めちゃうんだから名無も大概だと思う。でもその次の日名無の家にいったら食べきれないほどのお菓子と料理が用意されていて、とてもくすぐったい気持ちになった。「生まれてきてくれてありがとう」なんて僕にはスケールが大きすぎてあまり実感がわかなかったけど、誕生日プレゼントっていってくれたロンロン牛乳のビンに括りつけられた赤いリボンがもったいなくて捨てられず未だにポーチの中に入っている。これは名無には内緒だ。


それから、何年かして――名無があまりにも周りに言いふらすものだから――僕の誕生日が周りにも浸透した。名無のいった通り次の年には満月ではなくなったから特別な日ではなかったのだけれど名無はもうそんなこと気にしていなかった。毎年、毎年名無がお祝いをしてくれるのは素直に嬉しかったし、周りの人もおめでとうって言ってくれるのは心地よかった。最初こそあまり気にしてなかったけれどここ数年は誕生日がちょっとだけ待ち遠しく感じている。
そして今日はその、名無が決めた誕生日、だった。


「お誕生日おめでとう、リンク」
そういって村の子供たちから差し出されたビンには色とりどりの飴玉が入っていた。
「ありがとう」
一番手前の子の頭を撫でると、僕も私もと押し掛けてきたから順番に頭を撫でてあげる。全員撫でてあげると満足したのか走って遊びに行ってしまった。

子供たちの前にはミルクや花、新しい矢立や綺麗な言葉が綴られた本などたくさんの“誕生日プレゼント”を貰った。人からプレゼントをもらうのは嬉しいし、それに感情が籠っているとなるとその嬉しさが膨らんでいく。でも、何故か今日は「名無がいない」。

いつもなら一番に来てくれるのに、今日は何故か名無がいない。
家にいっても物音ひとつしないし、名無の声も聞こえなかった。

せっかく名無が決めてくれた誕生日なのにキミがいないのは悲しいよ。



城下町に行ってもいなくて、引き返して山に行き、森に行き、湖に行き、ロンロン牧場にもいった。行く先々で誕生日を祝ってくれるからまるで誕生日にはしゃいでいる子供みたいだな、なんて苦笑いが洩れる。しかしどこへ行っても名無の姿はなかった。一体どこへ行ってしまったのだろう?もしかして危ない目にでもあったのだろうか、と心配になったがたまに名無の姿を見たという人が現れる。話しを聞いてみるが、その姿はいつもと変わらず元気そうだった、とのこと。――もちろん見かけたという場所に行ってみても名無の姿はない。


あっという間に日は落ちてしまい、僕の特別な日は終わりに近づいてしまった。結局今日は名無に会えなかった。これが普通の日ならば、名無に会えなかった日なだけならば、こんなに悲しい気持ちにならなかったのに。どうして、今日名無に会えなかっただけでこんなにも悲しくて苦しいのだろう。

「名無…」

森にある自分の家に戻っても、目に映るのは朝起きた時と変わらない僕の部屋。勝手に家に来ていてくれたら、なんて少しだけ思った自分のせいで余計に悲しくなった気がする。
会いたかったな、なんて呟きながらベッドに潜った。

名無が決めた僕の誕生日。僕に生まれてきてくれてありがとうって伝えるために作られた。その日に名無と会えないってことは、名無はもう僕のこと…。ううん、嫌だな、なんだか卑屈だ。今日が誕生日だからそんなことを思うんだ。…こんなことなら誕生日なんて無ければよかった――そんな戯言がちらりと頭をよぎったけれど去年までの楽しかった誕生日が浮かんできてあれを無かったことにすることは僕には到底出来ないと思った。今年もあんな風に過ごせると思ったのに。たった数回の誕生日で、僕はすっかりそれに固執するようになってしまった。

「名無は忘れちゃったのかな」

そう思うと胸の奥が締め付けられるように悲鳴を上げる。苦しくて、涙が出そうだった。僕は楽しみにしていたのに、名無はそうじゃなかったのかな。でも、もし明日名無に会えたとしてもこんなこと聞けないよ。きっと名無は困るだろうから。名無の顔が瞳の裏に浮かんだ。それに対して胸はきゅうきゅうと心臓の居場所を狭くするように縮こまる。


――もう、寝よう。きっと明日になったら変わらない毎日が始まるから。
そう自分に言い聞かせて思考を捨てた。もぞもぞと動いて時計を見上げる。時刻はもうすぐ12時になろうしていた。僕の特別な日が終わる。


ぎしり、そんな時間に家の外で音がした。まるで外の階段を上ってくるような…、ハッとして僕は体を起こすとドアの外に明りがちらちらと揺れるのが見える。
その明りはだんだんと大きくなって、僕の部屋に影を落とした。そして――

「こんばんは、リンク」
「名無…」


僕が一日探し回っていた人がそこにいた。本当はすぐにでも手を伸ばして引きずり込みたいのに体が動かない。まだ事実に感情がついていっていないようだった。そんな僕をみて名無はほほ笑んだ。

「どうして、ここに?」
混乱する頭で絞り出した僕の声は少しだけ上ずっている。そんな言葉に名無は笑いながらカンテラの灯を揺らした。

「どうしてって…、今日はリンクの誕生日でしょ?」
覚えていてくれた。名無が僕の誕生日を覚えていてくれた。それだけで、今までの悲しい気持ちが思い出せないくらいどこかへ行ってしまう。
名無はゆっくりとカンテラをテーブルへおくと僕の傍までやってくる。それから緩慢な動きで僕の目の前にその瞳を映した。

「お誕生日、おめでとう。リンク。生まれてきてくれて、ありがとう」

その瞬間、僕の目から涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。一瞬の出来事に僕自身びっくりした。まるで魔法にかかったかのように涙があふれてきて、それにつられるように目の奥の熱さを感じて喉の奥がしゃくりあがる。名無も驚いたようで目をまんまるにしていた。

「ど、どうしたの、リンク。私なにか変なこといっちゃった?」
「ううん、違う。違うよ」

僕は今度こそ彼女へと手を伸ばす。でも僕は今まで自分の感情で他人に無理強いをしたことがなかったから、やっぱり強く引っ張るっていうことが出来なかった。それが自分でももどかしくて、苦しくなる。あんなに会いたかった人が目の前にいるのに、感情をぶつけられなくて、もどかしい。そして、切ない。

「寂しく、なっちゃった?」
僕の中途半端に延ばされた腕を彼女は掬いあげて指を重ねる。外から来たせいか彼女の指は冷たくて僕の指先に温度が刺さった。あんなに触れることをためらったのに、彼女から触れられてしまったらまるで箍が外れたかのように腕に力が入る。「わっ」ぎゅう、と腕にしまいこまれた彼女は少しだけ抵抗したがすぐに僕に体を預けてきた。どうしよう、僕の心臓のどきどきが聞こえてしまうかな。だって、だって、彼女の心臓の音がこんなにも近くに聞こえるんだ。僕と同じくらいどきどきしている。

「…遅刻だよ」
こんなにも嬉しいのに、素直にそう言うことが出来なくて何故か意地悪な言葉が口から洩れた。でも名無はくすくすと笑う。まるで余裕綽綽のようで気に食わない。僕はこんなにもいっぱいいっぱいなのに。

「遅刻じゃなくて最後の締めなの」
「僕は、もっと早くに会いたかったよ」
「ごめんね」

そう笑って彼女は僕の背中に手のひらを滑らせる。「来年は、一番にきて」僕の声は動悸に負けて絞り出すようなものしかでなかったけれど、名無は小さく頷いた。ホントは私も1日寂しかったよ、なんていうもんだから僕は名無を抱き締めた腕に力がこもって、そのままゆっくり横に倒れる。

「…リンク?」

もぞもぞと足でシーツを手繰り寄せると彼女を抱いたまま潜り込んだ。本当は来年の誕生日、ちゃんと朝会いに来てくれるか心配だから離したくない、なんて言いたかったのだけれど、やっぱり僕にはまだそんなことは言えなかったからとりあえず今日だけはこのままでいさせて。泣いたせいかな、なんだか疲れてしまった。ゆっくり瞳を閉じた僕の目尻を―涙の後を拭うように―名無が撫でる。いつの間にか涙も止まっていた。


「お誕生日おめでとう。リンク。これからもよろしくね」





[ ▲ ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -