▼ 反撃のジェラシー
※これの続き
私が好きな人は意地悪だ。すぐに私をからかうし、それを悪びれることもしない。
こないだなんてスタアゲームのところで女の子にきゃあきゃあ言われているところを偶然目撃して機嫌を悪くした私に対しても「ねぇ、嫉妬したでしょ」なんて率直に突っ込んでくるし―悔しいが大分妬いた―それに私がうんともすんとも応えないと「名無に妬いてもらいたかったんだけど」なんて馬鹿なことを言ってくるもんだから私は余計に素直になれなかった。
「…別に、妬いてなんかない」
「へぇ、そう。じゃあ、これからまたスタアゲームに行ってこようかな。今日は新記録が出せそうな気がするし。出たらまた俺のファンが増えるかもね」
楽しそうに笑う彼に、それが挑発だと、乗ってしまったら勇者の思うつぼだとわかっていたにも関わらず私はとうとう彼の手のひらに自分の手をぶつけてしまった。
「…やだ」
「なにが?」
「スタアゲームに行くの」
「なんで?」
わかってるくせに、そんなことわかっているくせに。そもそもお前が言いだしたんじゃないか!いくら心の中で叫んでもヤツは私に言わせないと気が済まないのだ。そしていつも最後に私が折れる。
「他の女の子ばっかりみて…。そんなの私ヤだよ」
「はじめから素直になりなよ。でも意地っ張りな名無もやっぱり可愛くて好きだな」
名無以外の女の子なんて興味ないよ。そうつけ足して勇者は私の手を引くとぎゅっと抱きしめる。この辺ぐらいまで大体テンプレートだ。ヤツは私をいじめてからかい可愛がる。悔しいけどそれにすっかり飼いならされてしまっている私がいるという事実。しかしたまにはそんなうまくいかないというのもこの男に知らしめてやりたいと思っているのも事実。
だから私はちょっとだけ彼に意地悪をしてやろうと思った。
なんてことはない。彼がしているようなことを私もしてやろうと思う。かといって私はヤツのように容姿がいい訳でもないし、身体能力が高い訳でもないし、ファンクラブがある訳でもない。ちょっと妬いてもらおうにも私には持ち合わせのカードが足りなすぎた。
はてさて、どうしたものかな。と買い出しの最中にも勇者のことを考えてみる。するとそうとう変な顔をしていたのか果物屋のお兄さんに声をかけられた。
「名無ちゃん、どうしたの?なんか悩みごと?」
「…いいえ、そんな大したことはなくて…」
好きな人を妬かせたくて、なんて邪な考え―ヤツはいつだってそうだが―を口に出すのが恥ずかしくて言いにくそうにしているとお兄さんは何か勘違いをしたのか「元気が出るようにおまけしてあげるよ!」とリンゴをいくつか紙袋に入れて私にくれる。そんな悪いですよ!なんて言ってもお兄さんは「それとびっきり美味しいヤツだから食べて元気だして」と私の頭を撫でてくれた。
「ありがとうございます」
私は思わず嬉しくなって自然と笑みがこぼれる。アイツもこのくらい優しい人だったらこんな不埒な動機で頭を悩ませることもなかったのに、と自分勝手な言い訳をぶつけて果物屋を後にした。今度お兄さんがバーに来た時は私がおまけしてあげよう。私の給料天引きでいいから、おいしいワインとかいつもよりいいチーズとか、ちゃんと出せるように用意しておくことにする。いつのまにかアイツを妬かせるという目的を忘れ上機嫌で黄昏時の城下町を歩いて酒場へと帰った。
「やあ、名無」
カラン、とドアが開く音がしたのでそちらを向くといつもの緑が目に入る。こないだ私を妬かせた罰―私が妬かせるのはまた今度だ―に今日は甘やかさないと決めた。そんな私の決意も知らない彼はいつもの定位置へと腰を沈める。彼が毎回そこへ座るものだから他のお客さんもすっかりそこには座らなくなってしまった。それが私には心底嬉しいものではあったのだけれど――今日それとこれは別の話である。
「こんばんは。今日もミルクでいいですか?」
「うん。お願い」
それでもお仕事はお仕事。しっかりこなさなければテルマさんに怒られてしまう。彼女は今、別件で少しの間外に出ていた。いつもどおりグラスにミルクを注いで彼の前に出すと、今日はすぐに彼のもとを離れる。勇者のいる“いつも”ならからかわれるのを承知で、今日は何しに来たのか、とか聞いてそのまま案の定彼の話に取り込まれ―私はなるべく他のお客さんの相手をするように努めている―彼が帰るか私が上がるまでマンツーマンになることが定石だ。勇者の思い浮かべているであろう日常と違うそれに対して彼は眉間に皺を寄せる。しかしなにも言わずそのままミルクのグラスに唇をつけた。
私は彼の前を離れると、カウンターに座っているもう一人のお客さんの方へと向かう。
「お兄さん、グラス空きました?今日はテルマさんにお願いしていいお酒開けちゃったのでいっぱい飲んでください」
「うーん、随分気前いいけど平気?高いんじゃないそれ」
「いいんです。貰ったリンゴとってもおいしかったですし、おかげさまで元気が出ました」
「そう?なら、甘えちゃおうかな。覚悟しておいてよ。俺結構強いんだから」
「それはいつもの飲みっぷりから散々心得ています」
果物屋のお兄さんはここでもちょくちょく見かけた。まだ独身らしいが男友達とくることもあれば一人で来て他のお客さんと楽しそうに飲んでいることも多い。今日は後者のようだったのでカウンターに座る彼を一人占め状態だ。
他のお客さんへの注文も今日は手際よく済ませて、カウンターで彼とのお喋りに戻る。今、旬の果物はどういうのとか、こないだ城へ献上した果物が姫様に気に入ってもらえたとか彼にとっては他愛もない話だと思うし、私もここで仕事をしている時に聞く話と大差はない。それでもこないだのお礼をしなくてはといつもは手間がかかるから好きじゃない軽食作りだって今日は張り切って用意した。
「いつも可愛いけど今日はもっと可愛いね、名無ちゃん。普段はどんな客に対してもツンツンなのに」
「そうですか?まあお仕事ですからね」
「ふぅん、俺はいいんだけどさ…」
俺は?気になる言い方にお兄さんの顔を見るとお兄さんは私の方を見ていなかった。顔はこちらに向いているけど視線はお兄さんの真横へと向かっている。手に持った木べらをそのままにお兄さんの視線を追った。その先には、ふくれっ面をした緑。すでに空になったグラスを指先で弄びながら頬杖をついていた。私の方には向いていないけれどその表情からは不機嫌さが手に取るようにわかる。
「なんだあれ…」
「なんだって自覚してないの?」
「えっ、私が悪いんですか」
当たり前だというかのようにお兄さんは苦笑いをしながら溜息をつく。そして、グラスだけもったお兄さんは勇者の隣に座り込んだ。
「どうしたの、リンク。そんなに頬を膨らませて」
「別に、膨れてなんかいないですよ」
「そう?俺の見間違いかな」
「そうですよ!それより俺じゃなくて名無の相手をしてやったらどうですか」
「いいの?名無ちゃんを大好きなリンクがそんなこというなんて珍しいね」
お兄さんと視線を合わせないようとする勇者に深追いすることなくお兄さんは自分のグラスを空にする。私はすかさずお兄さんのグラスへお酒を入れるがお兄さんは隣の空いたグラスを指差した。
「これにも入れてあげて。俺の伝票でいいからさ」
「はあ」
空いている勇者のグラスにはまた同じミルクを注ぐ。お兄さんと違って彼にお酒はまだ早い。
いつもと同じ量だけ注がれたミルク色。その白は店内の明かりを反射して少しだけオレンジがかっていた。
「ほら、名無ちゃんが入れてくれたよ。リンクも飲みなよ」
下唇を噛むように唇を閉じていた彼はいつもよりゆっくりとグラスへ手を伸ばす。それをみてお兄さんもグラスを唇へ寄せる。もう何杯か飲んでいるはずなのにお兄さんは少しだけ頬に赤みを作るだけでそんなに酔っぱらっている雰囲気を感じさせなかった。流石強いと自分で言うだけある…。
「名無ちゃん取っちゃってごめんね」
お兄さんの言葉にミルクグラスを持つ勇者の手が力を込めた。それをみてニコニコと笑うお兄さん。勇者とは正反対に機嫌のよさそうな笑顔でお兄さんはまたグラスを空にする。それに合わせて私はまたお酒を注いだ。そしてボトルにはもう一杯分も入ってないことに気づく。フルボトルを開けたのだがもう空いてしまった。本当にいいペース…。次のを取りに行く前に勇者へと視線を向けると、お店の照明で実際より随分と赤みがかった髪を揺らし彼はキッと視線を私に合わせた。
「名無、いい度胸だよね」
「…なんのことでしょうか」
「言っておくけど俺ちゃんと知ってるんだから」
「だから何のこと」
「いいよ、あとでしっかりいじめてあげる」
え、私いじめられるの。ちょっと勇者の相手サボったくらいでそんな目に会うんじゃ仕事も出来やしない。相手をされなかったのがそんなに不満なのか。珍しく子供っぽいなと思うのと同時に彼はまだ16歳だという事を思い出した。お兄さんの為のワインを取り出しコルクを抜く。流石にフルボトルはもう開けられないからハーフを開けてお兄さんのグラスに注いだ。それを横目でちらりと見る勇者の目は未だ不機嫌そうである。
「ほら、名無ちゃん。リンクもこんなんだし俺はもういいよ」
「お礼なので黙って受け取ってください。ていうか彼は関係ありませんよ」
「お礼ならさっきのボトルと料理で十分だよ。寧ろおつりが来ちゃう。あともっと気にしてあげて」
最初の席に置き去りになってしまった軽食も引き寄せるとお兄さんはウインクして見せた。気さくな性格とこのかっこつけ…。きっとお店でもこれでお客さんを惹きつけているに違いない…。お兄さんのコミュニケーション力に圧倒されついまじまじと顔を見つめてしまった。
カラン。
空になったグラスが置かれる音。そちらに視線を移すとなにも入っていないグラスとミルク二杯分のルピー。そして相変わらずのふくれっ面な彼の顔。
「…帰る」
「そうですか。お気をつけて」
あ、でもミルク一杯分はお兄さんが払ってくれるって…なんて思っているうちにいつもの緑色はドアの向こうに消えてしまった。わずかに風が入ってきて私の髪とリボンを揺らす。彼にしては随分と短い滞在時間だった。旅をしていた時ならまだしも最近でこんなに早く帰ってしまうのは珍しく、少し心配になる。
「…名無ちゃん」「はい」
「もう、男心がわかってないなあ。早くいかないと大変なことになっちゃうよ」
「大変?」
「そうそう。リンクだって男の子なんだし。ほらほらテルマさんも戻ってきたから、早く行ってあげて」
お店の奥からカウンターの方へ姿を見せるテルマさん。そんなに推されるのであれば仕方ない。私はエプロンを外してカウンターの下に押し込む。私にはまるで見当のつかない大変なこと、は出来れば避けたかった。普段―周りから見れば―いい人である彼が大変なことになるというのだ。きっと相当なことに違いない。テルマさんにちょっと離れますとだけ伝えて私は彼の消えたドアの向こうへ足を踏み入れる。外はもう真っ暗で店の外灯が少し眩しい。
「勝手に離れていいの?」
ふと隣から聞こえる耳馴染みのある声。こんなシチュエーション、前にもあった気がする。
「…テルマさん戻ってきたし、お兄さんが…」
私の言葉の途中で思いっきり眉間に皺を寄せた彼に思わず声を切った。
積んであった木箱から飛び降りた彼は私との間合いを一気に詰める。
「ちょっ…と!」「あのさ」
そのまま私の背中が壁につくまで迫ってきた。手も足も触れていないのにその視線に気圧される。まるで喰らいついてくるような視線。こんな表情、見たことない。
「あのさ、名無ってバカでしょ」
「…失礼じゃないの」
「バカにバカって言って何が悪いの。それよりさ、ねぇ、なんなの?」
「なんなのってこっちのセリフよ」
ぐぐっと近づいてくるヤツの顔。相変わらず不機嫌さと強い視線、でもその奥に余裕のなさも伺える。しかし、私はヤツ以上に焦っている。心臓はバクバクいっているし、冷や汗まで出てきた。どうしよう、これがすでに大変なことなのではないだろうか。
「言わないと気がつかない?」
「…ご、ごめん。わからない…」
「…だから名無はバカなんだよ」
さっきからバカバカ煩いな!言われっぱなしも悔しいので少し睨みつけてやろうと私も視線に力をいれたが、ドンッ!と自分の頭上に打ち付けられた拳にそんな力すぐに抜けてしまった。あれ、これ本当にヤバいのではないだろうか。
肘まで壁に付けているせいで先程より近くなった彼の顔。その背後にある外灯で逆光になっていたが彼の青は相変わらず綺麗な色をしている。思わず生唾を飲み込んだ。私の張り詰めるような緊張は彼にも伝わっているかもしれない。「……はぁ」
小さく漏れた息は相手のものだった。
先程の険しい表情から少しだけ、いつもの顔をしている。寄せられた眉間のしわも今は開かれていた。それに私も安心してようやく心臓がいつもの速度を取り戻す。
「俺はやってもいいけど、名無はダメ」
大体、名無が悪いんだよ。そういって彼は私の首元に顔を埋めた。肩に籠る彼の息が熱くて神経が全てそこに集中する。私はダメって何が…。彼の言葉を反芻させても私には意味がわからず、彼の行動もまた私には見当がつかなかった。
「名無は恥ずかしがりすぎだし、照れてばっかりだし」
未だに私の頭上にある手が私の髪をいじる。もう片方はといえば、私の手を撫でたり、手のひらを合わせたりと、まるで猫がじゃれるように弄んでいた。先程とは打って変わる優しい所作に私の思考回路はまだ追いついていない。
「ね、ねぇ…」
「それ」
どういう事なのか説明してもらおうと口を開いたが私が問いかける前に遮られる。首元から顔をあげた彼の視線がまた私とぶつかった。
「それも。いい加減さ、名前呼んでよ」いつも、ねえ、とか、名前ぐらいちゃんと呼んでよ。そう続ける彼は私の手のひらを滑らせていた手を私の唇に合わせる。親指が私の下唇をなぞるからくすぐったくて、指を避けるように顔を逸らした。だって、恥ずかしい…
「恥ずかしがってないで。名無は俺のこと嫌いなの?」
「ち、違う!嫌いじゃない!」
「じゃあ…、言ってみて」
なんだか少しだけ寂しそうな顔をするから私まで眉根を寄せてしまう。私は自分の都合だけでいつの間にか彼に悲しい思いをさせてしまっていたのか。それに気付いてしまうともうどうしようも出来なかった。なんて、バカなことをしていたんだろう。
「ごめんね」
「謝るより先に、わかってるでしょ?」
「……、ごめんね。リンク」
「許さない」
「えっ!な、なんで!」
「ちゃんと言ってみてよ。す・き・って」
不満げな顔をした彼は私の頬を引っ張って追加の要求を告げる。このシチュエーションも体験したことがある!相変わらず意地悪だ!
「す、…っ」
「す?」
そして彼が自分の思い通りになるまで諦めないことも体験済みだ。ここは腹を括るしかない。あぁ、またいつもどおり彼のペースに持っていかれてしまった。
「すき、だよ。リンク」
「よくできました」
満足気に笑う彼、リンクは私の頬を両手で包むと私のおでこにキスをする。結局、なにが彼はよくて私はダメなのだろう。よくわからない。でも随分機嫌のよくなったリンクをみて私は肩の力が抜けた。お兄さんの言った通り大分大変なことになったなあ。一体何が原因だったのだろう。男心を私が理解するには難しそうだ。
「わ、私、仕事の途中だからそろそろ戻るよ」
私の顔周りでじゃれつくリンクの頬に手を置いてちょっと距離を取ると彼はまた不満げな顔をするものだからなんだか子供を相手にしているような気分になった。聞き分けのいい彼にしては珍しいな…。
「また、あの人と話しをするの」
「あの人…?もしかしてお兄さんのこと?」
お兄さん、という単語に彼はおもむろに眉間を寄せる。あぁ、ようやくわかった。
「リンク…妬いた?」
私の言葉が図星だったらしく彼は口をへの字口に曲げ、私の首元に顔を埋める。
それが照れ隠しなのはすぐにわかったから私はなんだか嬉しくてつい笑ってしまった。
「妬いたんだ」
「うるさいよ」
ふふふ、と彼の髪を撫でると彼は少しだけ肩を揺らす。知らないうちに私の計画は遂行されてしまったがまあ、よしとしよう。いつもは私を手玉に取る彼の年相応の幼さを見れたので十分満足だ。その前にちょっと手強い面もみてしまったが。
「俺の顔だって恥ずかしがってちゃんと見ないくせに。あの人のことは何度も呼んで、顔をみて。…ばか」
「そ、それは寧ろ意識してないから…」
「そんなのわかってるよ。でも名無は俺だけ見てればいいの」
我儘で意地悪なリンクは私の目をその大きな手のひらで隠してしまった。
そんなことしなくても最初からよそ見なんてできない、なんて恥ずかしいので絶対に言ってやらないことにする。
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壁ドン。
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→mistake (※キャラ崩壊注意)
さっきからバカバカ煩いな!言われっぱなしも悔しいので少し睨みつけてやろうと私も視線に力をいれたが、ドンッ!と自分の頭上に打ち付けられた拳にそんな力すぐに抜けてしまった。あれ、これ本当にヤバいのではないだろうか。
肘まで壁に付けているせいで先程より近くなった彼の顔。その背後にある外灯で逆光になっていたが彼の青は相変わらず綺麗な色をしている。思わず生唾を飲み込んだ。
「ねぇ、なんで俺がこんなに怒っているのかわからない?」
「だから、わかんないって言ってる…」
すっと頬を撫でる手のひら。急に優しい手つきで触れるものだから思わず口を噤んだ。手のひらは頬を滑りおり、首を撫で、私の首元のリボンを弄び始める。
だが、視線は相変わらず私を見つめていて、私もそれから離すことが出来なかった。
「名無、俺だけを見て」
するり、リボンのほどける音がする。
「名無、俺だけと声をかわして」
温かい指先が喉に触れる。
「名無、俺だけに笑って」
親指が喉を捕えた。
「ねぇ、名無」
ぐっと力の入れられる指先に喉が声にならない悲鳴を上げる。
「俺だけを愛してよ」
突き刺すような声。じわり、涙が滲むのを感じた。言葉はまだ優しいのにその声が、表情が、青が、強要させる。ひくりと喉が震えた。声が出ない。何も返さない私に対し、彼は首から手を滑らせ私の耳へと指先を動かした。
「ホントは全部知ってるんだよ。あのお兄さんからリンゴを貰ったことも、頭を撫でられたことも。それがそんなに嬉しかったの?あんなこと、してほしいなら俺がいくらでもしてあげるのに」
耳の形をなぞるように触れる指先。それが何度か往復した後に少しだけ、爪を立てられた。
急な痛みに少しだけ気が散る。
「だから、他のヤツなんてみるなよ」
油断した一瞬、急に正面の青が動いたと思うと、かぷりと耳を噛まれた。唇だけが耳を這い、その感覚に背筋がぞくぞくする。吐息が耳をなぞって、私の中に入り込んだ。
「んっ…」
「…なに勝手に感じてるの。俺は怒ってるんだけど」
「だ、だって…、っ…」
勇者の膝が私の足の間に割り込められる。少しずつ近づいてくる彼の体と下から迫ってくる太ももに息を飲んだ。こ、これ以上は…。
→→→これ以上はみせられないよ!(恥ずか死)