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▼ 姫様と騎士と勇者

※黄昏の姫様と女騎士。勇者もちょっぴり登場。
※でも基本的に姫様。
これのシリーズ。


今日は姫様へ来客があった。それもアポイントメントも無しに。何たる無礼だが姫様は嫌な顔一つしない。今日もその寛大なお心でお通しの命を受けた。私の一存で突き返すこともできるが姫様の印象が悪くなるので致し方ない。その上、今回の相手ならなおさらだ。

「姫様、お客様です」

部屋のノックとともに声をかけると中からいつもの声が返ってくる。
客人の方へ少しだけ目配せをしてから扉を開けると机に向かっている姫様と目があった。

「まあ!リンク、いらっしゃい」
「やあ、ゼルダ。元気だった?」

姫様はペンを置くと、少しだけ早足でこちらへ来る。それに応えるように後ろにいた客人――ハイラルの勇者、リンクは私の前へと歩みを進めた。
トアル村で牧童をしている勇者は時折こうして姫様のもとを訪れることがあった。彼はただ姫様の顔を見に来ているだけなのだろうけど私からすれば面白くない。勇者が来ていればその間姫様は勇者の相手をしなければならないし、勇者が姫様にいらぬ気を起さないではないかと気が気ではないからだ。しかし、姫様にとってこの時間が悪いものではないことも重々承知している。なにせ彼はこのハイラルを救った勇者なのだから。そのことがさらに私へと重くのしかかるのだった。

「来る途中で給仕のものに飲み物と茶菓子を頼みました。直に持ってくると思います」
「ありがとう。助かるわ」
「いえ、お気になさらず。では、私はこれで」
「えっ」

私が部屋を出ようとしたときに声を漏らしたのは勇者の方だった。何かと私が足を止め勇者の方を見ると、彼は少しだけ気まずそうに私から視線を逸らす。所在なさ気にあげられた彼の左腕がわざとらしく頬をかいた。

「何かありましたか?」
「いや、もういっちゃうのかなって」
「私の役目は終わりましたから。それにあなたも姫様に会いに来たのでしょう?」
「そう、なんだけどさ」

うーん…、と言葉を漏らす彼の腕は頬から後ろ髪に移動して無造作に髪を握りしめる。城下町の警邏時に多くの住人を相手にしてきた私から見ると、何かを隠しているような素振りに見えた。何を隠している…?まさか本当に姫様に入らぬ気を起してはいるまいな。

「ふふふ、リンクは名無とお話ししたいのよね」
「なッ!ゼルダ!」

口元に手を当てながら笑う姫様に勇者は顔の色を変えて慌てる。私に何の用だ。どんな交渉をしようとも姫様はやらんぞ。

「いや、その、名無はいつもすぐにどっか行っちゃうからさ…」
「…姫様は私が仕え、お守りする人だ。そう簡単に手に入る御方ではないからな」

ギリッと自分の渾身の睨みを利かせ私は踵を返す。「城下町の警邏に参ります。お帰りの際は他のものに案内していただいて下さい」自分の足音がいつもより荒々しいのは自覚出来た。「あら、今日は連れて行ってくださらないの?」「今日に限らずダメです」ぱたん、と足音には反比例した小さな音で扉が閉まる。扉の向こうから姫様の残念そうな声が聞こえてきた。ついまた甘やかしそうになったが今日は勇者もいることだし大丈夫だろう。…実に癪に障るが。

「客人はこちらで?」
紅茶と茶菓子を運んできた給仕に返事をしてやると彼女は小さく笑ってから頭を下げる。

「名無様、お顔が強張っていらっしゃいますよ。そんなお顔では姫様がご心配なさいます」
「…そうだな」

扉を通して姫様の笑い声が聞こえた。それに対して勇者の声が聞こえないのが気にかかったが私の心配することではないだろう。給仕に少しだけ笑って見せてから廊下を歩きだした。今日は少し長いルートを回ろう。帰ってきたときには勇者がいなければいい。


「ふふ、名無ってばすっかりリンクが私を好きだと勘違いしているわね」
「せっかくわざわざ城まで来たのに名無と会話したのなんてあれだけだよ…。ここまで来る最中もピリピリしたオーラ出しっぱなしだし。ホント鈍くて困る…」
「天下の勇者様の王家の騎士には敵わないわね。本当、優秀だわ」
「…ゼルダも甘やかしすぎなんじゃないの?」
「だって自慢の部下ですもの。勇者さまにだってそうそう渡せないわ」
「あれ、俺なんでここにいるの」
「さあ?なんででしょう」

姫様の楽しそうな声と勇者の落ち込んだ声のやり取りを聞いたのは忠実な騎士様ではなく給仕の女の子だけだった。






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