▼ 輝夜
なにもかもが月に溶けてしまう夜だった。一面の黒にぽっかりと浮かぶ黄色い月。まるで月が支配してしまったよう。
そんな中に音符だけがふわふわと夜空に浮かぶ。
聞いたことある音…。
寝ぼけた頭の中で記憶を手繰り寄せる。半分寝ているせいでなんども同じ思考を辿ったがこの音色と自分の記憶が合致した瞬間、私はいきおいよく体を起こした。ばたばたとベッドを降り、寝間着のまま外へと飛び出して行く。
「はぁっ…はっ…、」
そんな長い距離ではないはずなのに全速力で走ったせいで息が上がってしまった。苦しい。
ふわふわと浮かぶ音符をたどって着いたのは村の入り口、一本だけたっている細い木のそばに彼は立っていた。
緑色の服と帽子、背中には聖剣と王家の紋様が入った盾。帽子からはみ出した金糸が月に照らされていつも以上に輝いている。
乱れた息のまま私が一歩、彼に近づくとオカリナの音が止み彼の青い目が私を映した。
「あっ…」
せっかく吹いていたのに邪魔をしてしまっただろうか。そんな私の杞憂をすぐに拭うように彼は微笑む。
優しい。すべてを溶かしてしまう月よりもずっと優しい笑顔。
しかし彼はその場から動かずオカリナをもったまま私を見つめていた。
「リン、ク…」
ぽつりと呟いた声は果たして彼に届いたのだろうか。
なにもかも月に溶ける夜。村も平原もお城もすべてが月に溶かされている。
その中で彼だけが月の光を反射していた。にっこりと笑う顔が私の心臓を早くうたせる。
「キミを迎えに来たんだ」
月光下で私もとうとう溶かされてしまった。月よりもずっと眩しい彼に。