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▼ 白い壁(企画提出作品)


金属の擦れる音が青空の中を突き抜けた。

「…ッ、ハァ…! もう、妖精さんいないよ…!」
「僕ももういないや…。あっちでるときにちゃんと…!ッ…、探しておけばよかったね」
「うぐっ…。とりあえずは逃げるが、勝ちでしょ…!」
ゲルドの砦からカカリコ村に帰ってくる途中、私達はハイラル平原で魔物と対峙していた。よりにもよってあっちでクスリと妖精を使い果たし、帰ってくるだけだからと補給を怠ったが為になかなか苦しい状況にある。二人とも息は切れ切れな上、まだ神殿で負った傷も完治していない。

「っ…、ァアアッ!!」
つばぜり合いになった剣を力任せに押し勝つ。わずかに開いた空間に一歩踏み込み勢いを剣に乗せて振った。すぐさま後ろを振り向く。
「えっ」
まだ距離があると思っていた。感覚が鈍っていたのかもしれない。すぐさま後ろに跳ぼうとしたが先程倒れた魔物につまずいて足がもつれた。

「名無!」

「くっ…!」
でたらめに剣を振ってなんとか一撃はかわした。でも次は避けられない。もう体がこんなにも傾いている。こんな体制ではまだ見習いの衛兵でも致命傷を与えられるだろう。とっさにガードの構えをとったが打ち付けられる背中の痛みに少しだけ力が緩んだ。

「…うああ!」
「リンク!」

しかし、そのガードが役目を果たすことはなく目の前で緑色の背中が魔物の攻撃を受けていた。びりびりと剣が振動する音。逆光のせいで真っ暗になっているけれどこれは確かにリンクだ。さっきまで、私より多くの魔物の相手をしていたはずなのに。

「ァアアアアア!!」

ぶんっ!と大きく振り払われた剣。それをかわすように魔物は距離を取ったがその狭い空間も更にリンクの聖剣が詰めた。低いうめき声をあげて崩れる魔物。どうやら周りにいた魔物はそいつが最後だったようで他に殺気は見当たらない。だが、平原の遠くの方でまたぽこぽこと魔物が湧いているのが見えた。

「名無!逃げるよ!」
「う、うん!」

ぐいっと腕を引かれて立ち上がるとそのままカカリコ村まで全力で走った。切り傷のついた太ももと、さっき転んだときに捻った左の足首がずきずきと刺激をくれたが気にしている暇がない。階段を駆け上り、もう追ってきていないのを確認する。どうやら、諦めたようだった。それに安心したのか、はたまた緊張が解けたのか――あるいは両方――まだ外だというのに私の足から力が抜け、その場にずるずると座り込んでしまった。そんな私と同じようにリンクも崩れるように腰を下ろす。

「…はぁっ、はぁ…。名無大丈夫?」
「だい、じょうぶ…。リンクは、…?」
「僕も大丈夫。…でも疲れたね。今日は早く休ませてもらおう」
「うん…」

まだ息を切れ切れとさせる私とは違いリンクはもう大分整っている。こういうところで私はいつもリンクとの違いを感じていた。男の子って、ずるい。私だって一生懸命鍛錬は積んできたハズなのに、こんなにも違う。そんな無力さと同時に自分はホントに足手まといだという情けなさがずしっと胸を貫いた。

否、男とか女とか関係ない。私の鍛錬がまだまだ足りないだけだ。自分の修行不足を他になすりつけるなんて馬鹿らしい。これ以上自分を惨めにしてどうする。ぱんぱんっと埃をはたいて立ち上がるリンクに続いて私も立ち上がった。思い出したかのように左足首が痛みを訴えたがそんなことでいちいち顔色を変える自分ではない。多少力が入ったかもしれないがきちんと自分の足で地面を踏んだ。

「…行こう、リンク。私も早く休みたい」

宿のようにつかっていいと言ってくれているカカリコ村の人の家へ行こうと一歩踏み出すとリンクが私の肩を掴む。なにかと顔を向ければ眉間に皺の寄ったリンクの顔。あぁ、まずい。これは確実にばれている。自分で言うのもなんだがばれる要素なんてどこにもなかっただろうに。カカリコ村に入ってからまだ数分と経っていないよ。

「名無、何で言わないの」
「…何のこと?」
「とぼけないで」
「うっ…ごめん…。だって」「だってじゃない!」

キッと強く力の込められた視線に思わずたじろいだ。そんな食ってかからなくてもいいじゃない。それに、

「リンクだって私よりずっと怪我してる」

私の傷や軽い捻挫なんかよりもずっと深い切り傷、打撲や打ち身をその体のいたるところに隠しているのはわかった。直接傷を見なくても、攻撃を受けるところを、つらそうに目を伏せるところを、私はしっかり見ている。それなのに、私だけ弱音を吐くのはおかしいよ。

「だから、リンクが言わないなら私も言わない」
「…そういうのはずるいよ。僕は、名無に無理をさせたくないんだ」
「なら、大丈夫。無理をしてるわけじゃないから。ただ、まだまだ自分が弱いだけ」

そういって私は少し笑った。自嘲のような笑い方にリンクはまた少しだけ眉間に皺を寄せる。あぁ、困ったな。私はリンクにそんな顔をさせたいわけじゃないのに。しかし、まだ弱い私にはその愁眉を開かせることができなかった。

「とりあえず、今日はもう帰ろう。リンクも疲れてるでしょ?それに日もくれる」

再び体の向きを変えて歩き出そうとすると、リンクはまた私の体を止めた。先程と同じように見やるといつの間にか盾と剣を下ろしている。い、一体なにをしているんだ。家までもちそうにない…?いやそんなまさかリンクに限って。

「名無、ちょっと重いけどこれ持って」
「?別にいいけど」
すっと手を差し伸べると「まだ」と返されてそれを遠ざけられる。そしてくるりと返されるリンクの背中。まさか。私が慌てる間もなく案の定リンクはその場にしゃがんだ。

「リ、リンク!大丈夫だよ!あとちょっとなんだし!」
「ダメ。ただでさえここまで走ってくるなんて無理させちゃった」
「だから無理じゃないって!…そんなことしてるなら先にいっちゃうよ…」
「だからダーメ!早く乗って!」
「うぅ…」
こうなるとリンクは頑固だからなあ…。本当はこんな扱い嬉しくないのに。女の子としては、…それはそれは嬉しいシチュエーションなのだろうけど私はあくまで剣士だ。いつまでもリンクに頼っている訳にはいかない。それなのにリンクはいつまで経ってもこの調子だ。自分でも不満さを隠しきれない表情だったと思う。しかしリンクの怒ったような視線には逆らえずその背中に自分の体を預けた。

「前で持てそう?」
「ん。盾は背負っちゃう。剣、ぶつかったら言ってね。持ち方変えるから」
「そのままなら大丈夫」

いつもよりゆったりとしたスピードでカカリコ村を歩く。途中コッコお姉さんに手を振られたが生憎二人とも両手が使えなかったので笑って会釈しておいた。あぁ、村のみんなが慣れるほどまでに私はリンクにおんぶしてもらっているのか…。情けない。剣士たるものもっと強くならなくては。

家について家主さんに声をかけると挨拶もそこそこにすぐ部屋へと通された。そして荷物を置いたと同時に早くシャワーを浴びてきなさいとバスタオルと着替えまで渡される。出てくるまでにご飯も作っておくから、と浴室に頬り込まれたところで私はやっと息をついた。すっかりこの家の人にもよくしてもらうようになってしまった。私は勇者でもなんでもない、ただの腰ぎんちゃくに過ぎないというのに。おそらくリンクは今頃荷物や道具の整理や整備などをしているのだろう。私なんかより先にリンクにお風呂に入って欲しかったのに。あぁ、本当に自分が情けないな。

「私、ただの足手まといじゃない」

ぽつりと呟いた言葉は浴槽の水面を揺らして沈んでいった。




夜、月明かりの差し込むベッドが私の視界を埋め尽くす。
キラキラと反射する金糸が目に焼きついた。こうしてリンクが窓側にいるのも私を気遣ってのことだとわかっている。リンクはどんな時でも優しくて、私が気遣う隙を与えてくれない。私は自分のベッドを抜け出してこっそりとその隣に忍び込んだ。もしかしたら起きてるかも。リンクの事だから気づかないってことはないんだろうなあ。ツキン、と左足が痛んだ。
私の目の前に大きな背中。また今日も守られてしまった。こてん、とおでこをその背中にくっつける。少しだけ上下する揺れが安心感をくれた。いつもの緑色の上着は今、洗濯に出されているので下の白いシャツが視界を占めている。

「…いつも、ありがとう」

目の前の背中はとても逞しくて、とても強くて、いつも守られている。ホントは頼りたくないのに…!
こぼれそうになる涙は歯を食いしばって何とか留めたつもりだったが、瞬きをした瞬間に一筋だけ流れ落ちた。これでは、ただの女じゃないか。私は剣士なんだ…!こんなに弱くてどうする!

私の視界を占める白はとても大きく、広く、まるで壁のように感じた。私はこの壁を乗り越えたいのに、この壁に守られている。

(白い壁)


いつだったか彼はいった。『名無がいるだけで僕は強くなれる』と。それは弱いものを傍に置いておくことで自分の正義感をより強く奮い立たせているという事なのだろうか。




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