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▼ オオカミの気持ちも知らないで



「へっくしゅんっ!」
吹き荒れる雪の中俺以外の人間の声を聞いた。一瞬空耳かと思ったが狼の聴覚がそんなミスをする筈がない。しかしその声が俺の知っているものと一致した時は故意的にそれを疑った。まさかこんなところにいるはずがないだろう。踵を返してざくざくと進むと悲しいが見覚えのある人影があった。


「もー、真っ白で何もないじゃない…」
雪山だというのにその装備は城下町の一般人に外套を付け足しただけだった。あいつアホだろ。
「でも緑の人間がこっち行くのを見たっていうのを疑うのも…」あんな全身緑を人違いとか見間違える方が不自然だわ。そう続ける声と姿は俺に疑う余地を与えてくれなかった。


このままコイツを先に進めるわけにはいかない。なんとか帰らせないと。ここには魔物がいるし、この先まであんな軽装で進んだらそれこそ魔物に殺される前に凍死だ。俺はそのまま足を進め名無の視界の中に入る。

「え、ちょ、狼!?しかも今までの魔物とは違うし…!」
どうしよう、とわたわた慌てる声に混じって目つき悪いとか聞こえた。うるせーよ。どうでもいいからこのままビビってゾーラの里まででも帰ってくれ。頼むから。そんな恰好でふらふらすんなよ。


「しかも足枷までついてる。そんな猛獣なの…」
うるせー聖獣だアホ。なかなか名無がそこを動かないじれったさが表に出てしまったのかグルルと低いうなり声が地を這う。するとさっきまで腰が引けてたハズなのに、がらりと目つきを変え腰元の剣に手をかけた。

「魔物じゃないみたいだからちょっと気が引けるけど…、邪魔をするなら仕方ない。私を先に通して」
しまった。ビビらせるどころか逆に闘争心を煽ってしまった。くそ、どうする。とりあえずこのまま雰囲気通りに名無に襲いかかる訳にもいかないからしかたなく状況打開の為にも大人しくお座りの体制を取った。なんかすっげー屈辱的だ。
するとアイツも拍子が抜けたのか警戒を解き、一息吐く。


「あーもう、戦う気がないならあんまり怖がらせないでよ」
ごめんね、あなたが食べれそうなものは持ってないの。そう言ってこちらに近づくと俺の頭や頬を撫でるから少しだけすり寄ってやった。名無の手はもうかなり冷たくなっている。こんな手で剣を握ったって扱えないだろうが。


「人懐っこいなー。目つき悪いのに」うるせー。「あ、ピアスしてる。リンクと同じ色」
ふにふにと耳を触られる。くすぐったい。
「私も持ってるんだよ。今は凍傷になっちゃうからはずしてるけど」
知ってるよ。俺がやったんだから。相変わらず耳ばっかり触るからやめさせようと体をねじると雪に足がもつれてそのまま名無の体に体当たりを喰らわせてしまった。ボスンっと雪が弾ける。
「うぇ、重たい」
色気のない奴だな。しかし、不可抗力とは言えこの態勢はなかなかに際どい。心まで狼になってるつもりはなかったのだけれど。
「あーでも狼さんあったかい…」
首に腕を回されぎゅうっとその体に押し付けられる。くるしいんだよバカ。いい加減にしないとマジで食べちまうぞ。



「ねぇ、狼さん。緑の旅人を知らない?」
俺の毛皮に顔を埋める名無が呟く。すん、と鼻をすするのが聞こえた。いい加減コイツを早く返さないと、風邪をひく。

「たった一人で世界を救うなんてバカみたいなこと言ってるバカなんだけどさ」
バカバカうるさいなバカ。
「急に凄く会いたくなって、寂しくて、どうしようもなくなっちゃって、探しに来たのに魔物しかいなくて」
回された腕に力が籠った。



「会いたいよ…リンク」





毛皮に埋もれてくぐもっていたけれど確かに俺の耳に届いた。鼻をすする音がまた聞こえる。
「このままだと凍死しちゃうかな。バカを探しに来て自分が死んじゃうなんて私もバカだね」
もうどうでもいいと思った。世界も、勇者も、全部。
小さく喉の奥を鳴らしてみたけどもう名無の反応は返ってこなかった。



「ホントに、バカだな」
俺の腕の間で名無は眠ってしまった。せっかく会いたがってた本人が目の前にいるのに。
全く、俺だったからよかったけど違ったらホントにあそこで凍死か魔物に襲われて同じ末路だぞ。

『クククッ。どーする。このままおいていくワケにもいかないよなあ?』
このままこんなところで食っちまうなんてことはするなよ?なんて俺の影から野次が飛んできたけどなんて返したらいいか考えるのもめんどくさかったのでひとまず起き上って、それから名無を抱き上げる。
「…一度戻る」
俺の小さな呟きに対して影は大声で笑っていた。






「んんっ、ん…」
目が覚めたらいつの間にか銀世界がなくなっていた。その代わりにスノーピーク入口の少し手前、ゾーラの里の壁に体を預けて座っていた。体の上にはリンクがスノーピークに言ったのを聞きその場で購入した外套。やっぱり見た目通りあんまりあったかくなかったな…。
「(でも私、なんでこんなところにいるんだろう)」
確か、スノーピークで狼と出会ってから気を失った気がするんだけど。立ち上がろうと外套をどけるとはらりと落ちる紙切れ。拾ってみると見慣れた手書きの文字があった。

『明後日には帰る!』

名前はなかったけれど、誰が書いたかなんてすぐにわかる。あぁ、あの情報は確かだったのか。きっとアイツがここまで運んできてくれたのに、なんで私起きなかったんだろう。
「あーぁ…」
ちょっとした後悔で苦笑いがこぼれる。照れ隠しにふと髪へ手を伸ばすと途中で手に何か触れた。
あれ、私ピアス外してなかったっけ。

がさごそとひっぱりだせばちゃんとある私のピアス。でも自分の耳にもしっかりピアスがついていた。
急に胸がきゅうっと苦しくなって、笑みがこぼれる。まったく、いきなことをするじゃないか、あのキザヤローめ。
自分のピアスはまたしまい、私は今度こそ立ちあがってスノーピークに背を向け歩き出した。


しょうがないから、ちゃんと待っててあげるよ。







『ほらほら、あんな事書いたのにまだダンジョンにもついてないぞ。このままじゃ間に合わないかもなあ?』
「うるさい」
『クククッ…』




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トワリンは少し口が悪い方がいい。
少しってレベルじゃなくなっちゃったけど。ダーリンといいレベル。






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