世界から魔導器(ブラスティア)が消えた───

人々の暮らしに必要不可欠であった魔導器が無くなった世界では、様々なところで不便を強いられ、また稼働する限り平和を約束されていた結界魔導器(シルトブラスティア)も無くなり人々は己のちっぽけさに絶望したかと思いきや、小さな力ながらもみなで協力して未来に向かって立ち上がる強い生命力を持っていた。



「ナマエー!!」
「はいはーい!ちょっと待ってね〜」
「ナマエ姉ちゃーん!こっちにも早く〜」
「はいはい、ただいま〜」



下町で暮らしている人々の生活も不便極まりないものとなったが、仕事がない者達に仕事が与えられ貧しいながらもみなで協力して助け合う姿に町全体は以前より活気づいていた。



「相変わらず、ここの様子は変わんねぇな」
「あっ!ユーリ!」
「ユーリ”さん”だろ」



ユーリと呼ばれる青年、世界の災厄──星喰(ほしは)み──から世界を救った人物の一人。だが、その真実は世間一般には知られていない。世界を救うためとはいえ、人々の生活を丸っきり変えてしまった責任を問われないようにと、新たに就任したヨーデル皇帝陛下の計らいによるものであった。



「今日は下町で泊まってくの?」
「あぁ、そのつもりだぜ」
「じゃあさじゃあさ!オレたちと一緒に遊ぼうぜ!」
「あぁいいぜ。だが、その前に。お前たち、家の手伝いは終わったのか?宿題は済んだのか?」
「げ、ユーリまで母ちゃんみたいな事言う〜」



それが終わるまで待っててやるから。優しく諭して少年らを見送ると、一人の女性の視線に気づきゆっくりと視線を上げた。



「ユーリ!!」
「よっ、ただいま」



驚きと嬉しさを混ぜた表情をした彼女は一目散にユーリの元へ駆け寄る。頭ひとつ分違う身長差で見上げた彼の顔は、見慣れていたはずなのに酷く懐かしさを覚えた。



「いつ帰ってきてたの?!いつもちょっと行ってくる〜で全然帰らないんだから!!」
「わりぃわりぃって。そんな怒んなよ」
「怒るわよ!ちょっと犬の散歩に行くわ〜な話し方で世界各地旅する人がどこにいんのよ!」
「はいはい、とりあえずギルドの仕事も片付いたし、暫くは下町にいるよ」



本当は、あれこれと言いたいことが山積みなのだがグッと堪えてユーリの言葉を飲み込んだ。何でも次の仕事の呼び出しがない限りは下町で過ごすらしい。



「ギルド…なんて言ったっけ」
凛々の明星(ブレイブヴェスペリア)、な」
「その凜々の明星、仕事たくさんあるの?」
「まぁ、ぼちぼちかな〜。カロル先生が新入り募集してるんだが、ハイリスクローリターンな仕事ばっか請け負ってるもんだなら誰も入りたがらねぇ」



話を聞けば、結界がなくなった今、各地で結界の代わりになる技術の獲得を目指して技術者達が奮闘しているものの魔導器が無くなって数ヶ月経った今も代わりになるものは見つかっていない。そうこうしている間にも魔物は街に攻め入る事が何度かある。そういった魔物を退治する仕事がほとんどらしい。



「魔物退治…なら結構仕事が飛び込んできそうだけど」
「魔物退治してるギルドなんて大小合わせれば山ほどある。知名度の低いオレたちのギルドにはそんなに舞い込んでこないんだよ」
「ふーん…ユーリたちだって魔導器が無くなって魔物倒すのに一筋縄ではいかなくなったんでしょう?その分報酬をたくさん貰えばいいのに…」



そう呟けばユーリはバツが悪そうに頭を掻きながらせっせと忙しなく働く下町の住民たちに顔を向ける。



「オレたちが魔物退治請け負ってる奴らは、ここの下町みたいに貧しくて今日を生きていくのに精一杯な奴らなんだよ。そんな奴らから金なんてふんだくれねぇだろ」
「でも…」



魔導器が無くなったとて、魔物が弱くなった訳では無い。魔物の強さに対して人間はあまりにも弱い。それは、世界を旅してきたユーリが一番分かっていること。それを分かっていながら彼らは魔導器を手放した。そして、ユーリの考えが分からないナマエでも無かった。彼はいつもそうだ、目の前の困っている人たちを放ってはおけないのだ。そう、彼は優しすぎるのだ。



「金がある奴らは、金を欲しがる奴に守ってもらえば良いんだ。オレたちは金がなくて守って貰えない奴らに手を差し出す」
「そっか…凄いね。だけど、死んだら元も子もないよ」
「…そりゃ、ごもっともだ。頭が痛いね」



ユーリの行っていることには、誰も口出しはできない。だが、それで自分を蔑ろにするのはどうにも納得のできないナマエであった。



「ユーリー!お手伝いも宿題も終わらせてきたよー!」
「おっ、じゃあ河原ででも遊ぶかー。どっちが先に着くか競走だ!」



もっと自分を大切にして欲しい、誰かを思うその気持ちをもっと自分自身にも向けて欲しい。



「女将さんが夕飯用意しておくから宿屋に寄りなーって言ってたよー!!」
「わーった!暗くなる前にこいつら帰してから寄るって伝えてくれー」
「(もう…)」



河原に向かって子供たちとはしゃぐ大人のユーリを見て、そう願わずには居られなかった。




世界は今始まったばかり

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