『おそと、いきたい!』
『ナマエがもう少し大きくなったらね、外は危険なんだ』
『……はーい』
少女は不服そうに声のトーンを落としながらも、父親の言うことを飲み込んだ。
今まで確信は持てなかったが、あの少女は幼い頃の私だ。夢に写っている場所も、父親の存在も知らない事だらけだが、紛れもなく遠くに浮かんでいるあの少女は、私だ。
では、あの父親と名乗る男性は?広い部屋に佇むこの場所は?一体……
『陛下』
『ああ、分かった今行く』
『いっちゃうの…?』
『すぐに戻ってくるよ、いい子で待ってるんだ』
陛下。確かに父親は陛下、とその夢の中で呼ばれていた。ドクン、と夢の中であるのに心臓が跳ねたような感覚が妙に感じられた。今見ている夢が本当にあったことなのかも分からない。けれども、私の出生に何か重大な秘密が潜んでいそうな雰囲気が一気に漂い始めた。
『おとうさん…』
幼い頃の私が今にも泣き出しそうな顔で父親の背中を見送ったのと同時に私の頬も微かに濡れている感覚に陥る。その感覚が鮮明になっていくと、夢の中の世界が段々曖昧なものになっていき、徐々に今生きている現実の世界に少しずつ意識が戻っていった。
「ナマエ…?!大丈夫ですか!」
「エス、テル…?」
「良かったぁ…目を覚まして……」
「エステル…」
瞳を開けると、大粒の涙が頬を伝ってシーツを濡らす。私が目を覚ましたことを確認するとそばに居たエステルが心底安心したかのように、私の手を握って静かに泣いていた。
「目が覚めましたか、ナマエさん」
「ヨーデル…陛下」
陛下、という言葉を発すると同時に先程夢の中で感じた違和感に心臓が跳ねる。ヨーデル陛下は、何か知っているはずだ…私のことについて……
「あの、」
「こちらの写真を、ご覧下さい」
「……?」
一枚の写真を陛下から受け取ると、そこに写っていたのは夢の中で何度も出てきた幼い頃の私と、父親と呼ばれていた男性の姿。夢の中の雰囲気と何ら変わらず父親の元で幸せそうに笑う少女の姿がそこには写し出されていた。
「ヨーデル…?!これ、は…?」
「エステル?」
「この写真に写っている少女が誰だか…ナマエさんは分かりますよね?」
「私…ですよね?」
「ナマエ…?!」
私以上に驚いていたエステルは写真と私を交互に見ると、信じられないとでも言いたげな顔で最後に私を見た。エステルの言いたいことは…もうきっとほとんど分かってしまった。
「…ヨーデル陛下、私は…何者なのでしょうか?」
私も、きっとエステルも…一番知りたかったことをきっと一番知っているであろう人物に尋ねた。
静かにヨーデル陛下は私たちの元へと足を進めると、伏せがちだった瞳を真っ直ぐ私に向け、真っ直ぐ言葉を発した。
「ナマエさん、あなたは…先帝が娼婦との間に身篭ったとされる…世の中には公表されなかった先帝の隠し子なんです」
.
ヨーデル陛下から衝撃的な話をされてから、飛び出してくるものは全て絶句以外の何者でもなかった。
「この事は恐らく先帝の側近僅か数名と、後に皇帝になるもの以外には伏せられた事実でしょう」
現にエステルも知らない。恐らくヨーデル陛下も自らが皇帝へとなさる時に先帝から引き継がれたのだろう。
何度も夢で見てきたからか絶句はしたももの、自分の正体が少し知ることが出来ホッとしていた。逆にエステルは未だに驚きを隠せず一人オロオロしているが……
「…という事は、本来ナマエが皇帝になるべき人物であった…ということですか?」
「先帝は子を持たなかったとされていましたから甥である私や、遠縁のエステリーゼが候補にされていましたが、…そういう事になりますね」
「…え?!今更私に皇帝陛下になれと仰るんです?!」
「まさか、あなたにこれ以上重荷を背負わせるつもりなんて殊更ありませんよ」
そう言って微笑むヨーデル陛下のお顔は嘘をついているようには思えなかった。だけど、その優しい微笑みが次第に険しくなっていき、重い口を開けるように陛下は再び話し始めた。
「……引き継がれた情報は貴女の存在だけでなく…ナマエさんの身に宿る力についても詳細が書かれていました」
「…!まさか、ナマエは…!」
「…?な、なんでしょうか?」
「最近の結界魔導器の異常発動に関しては恐らく貴女の身体に眠っていた"満月の子"の力が関係しているのでは…と思われます」
「満月の…子?」
初めて聞くその力、けれども今までに自分が体験してきた不可解な現象に初めて合点がいくのであった。