02
訓練校では、大まかに授業の内容は2つに別れている。
ひとつは、特殊消防官に相応しい肉体を鍛えるための実技訓練。
ふたつめは、一般常識や様々な知識を養うために講義を受ける座学授業。
体力と筋力が資本の職に就くための消防官の訓練校だから、実技訓練が多めに振り分けられてはいる。だが、どちらもバランスよくこなせるのが理想的な消防官の卵ということらしい。

「(…でも私は圧倒的に座学が合ってるタイプなんだよね)」

まだ初年が始まったばかりということもあって、本格的な訓練が始まっている訳では無いし、基礎体力作りばかりだけど、ほとんどを家で過ごしてきた私には、初日は十分すぎるほど、正直、きつかった。
他人の命を守る消防官になるのだから、鍛えなきゃいけないのは当然だと思う。目指した以上、きついとか、つらいとか、何もかも甘えた言い訳でしかないのは分かっている。

「(……人より体力がなくてきついなら、人よりがんばらなきゃ。弱音なんか吐いていられない。時間は卒業までの4年しかないんだもん)」

明らかに周りより贅肉も筋肉もついてない細身の体。女の子たちには、細くていいな、なんて言われたけど、私だって消防官になるのだから、そんなんじゃだめだ。

「(……がんばろう)」

ぎゅ、と開いている教科書を握りしめた時、隣の席から消しゴムが、床に転がってくるのが見えた。落としちゃったのかな、って拾って渡そうとすると、隣の席の金髪の男の子は机につっぷしていた。

「(ちょ、調子でも悪いのかな……?)」

少し心配になって、前のめりになって覗き込むと、男の子は長めの前髪の奥で、しっかり目を閉じて気持ちよさそうに寝ていた。そう、消しゴムが落ちたのも気づかないぐらい、ぐっすり寝ていた。授業中に。名前は……そういえば、まだ話せていない子だし、知らないけど。

「(え、い、いいのかなこれ……)」

でも、私が「授業聞いた方がいいですよ?」なんて、いきなり注意するのもお節介な気がするし……。
手にした消しゴムを手の中で少し揉んで悩んだけど、私は結局声をかけずに、その消しゴムを、手を伸ばして彼の机の端に置いただけにとどめた。

***

「ああ、アーサーだよ。アーサー・ボイル」
「ボイル君、ですか」

放課後、寮に一緒に帰ろうと声をかけてくれたオグンに話を聞いてみると、座学中ずっと寝ていて、終わった途端話しかける間もなく教室から出ていった彼の名前がようやく判明した。

「俺もまだ付き合い短いけど、あいつ座学苦手らしくてさ……だいたい座学は途中から死んでる」
「死んで……」

道理で、全く聞く姿勢じゃなかったわけですと、1人で納得していると、隣を歩いていたオグンが足を止め、前方に手を振った。

「アーサー。噂をしてれば、だな」
「!」
「オグンか…」

オグンの言葉に私も前を見れば、話の中心の金髪の彼がいた。

「噂とはなんだ?俺が高貴な騎士だという噂か?」
「き、騎士……?」
「いや違うけどよ……リン、アーサーはこういう感じだ」

こういう感じとはどういう感じ?
騎士だなんて世界線を超えたワードが飛び出してくるのが彼の通常ってことなんですか?
フシギさん?
など、色んな意味のハテナが頭の中にいっぱいになりながらボイル君をもう一度見たら、目の前まで近づいてきていたボイル君は、じっと私を見下ろしてきていた。
全く逸らされない垂れ気味の青い目に戸惑いつつも、とりあえず挨拶を、と口を開いた。

「あの、ボイルく━━」
「誰だ?お前は」
「……えっ?」

口を開いたが、思っても見なかった言葉に遮られて、思わず脳内の疑問符がひとつ、口からこぼれ落ちた。

「見ない顔だな」

……今朝方、転校してきて全体に挨拶までしたはずなのに?
予想だにしないショックを受けて、浮かべた笑顔も向かう先をなくし、伝えようとした挨拶も、全部吹き飛んだ。

next?


prev next

bkm