「んぅ…?」
「おはよう、リンちゃん」
「おは……っひょあああ!?!?!?」

こしこしと目をこすって瞼を開くと、いつもの治療室の天井ではなく黒野のお兄さんの顔が目の前に。寝ていた私の上に犬みたいに跨っていたらしい……なんで?それに、顔がとても近い。間近で、少しも視線を逸らさずに私を見ている。目を逸らしたら殺されそうで、ただただ怖い。手元も落ち着かなくて、横で寝かせているうさぎさんのぬいぐるみを握りしめた。

「(誰か私の声を聞いた大人がきてくれないかな…)あの、なんで私の上に被さってるんですか…?」
「君を見下ろしたかった」
「(?…何言ってるんだろう、このお兄さん…)今日は…多分、リハビリはお休みの日ですよね?」
「ああ、だから君の部屋にわざわざ来たんだ」
「なんで……」
「弱々しい君を今日もいじめたかった以外の理由がいるのか?」
「え……いじめ…?えっ……?」

どうしよう。多分私が知りたかった、私を5日間喜んで痛めつけた理由とほとんど同じな気がする、と直感が叫んでいる。

「特に君はいい。とてもそそるんだ。毎日でも嬲って泣かせてやりたい」

でも、何を言っているのか、よくわからない。というか、わかりたくない。なにかに浸るようにきゅっと目を細めて私を見る気持ちなんて。
でも、本当にこの人がいじめたいだけなら、リハビリをさせられてる私は…私って?そんなこと、ある?

「もしかして、お兄さんは…人をいじめるのがすごく、好き…だったり…?」
「ああ、好きなんてもんじゃない。大好きだ」

特に、君みたいな弱い子供をいじめるのが。
相変わらず私に被さっているお兄さんは、包帯を巻いていない片手の指先で、私の頬をぶたずになぞった。だけど、私はそれどころじゃない。
目の奥からこみあげるものが抑えられなくて目からぼたぼたと零れだす。うさぎさんを握る力も強くなる。
嘘でもいいから、リハビリのためだからと言ってくれた方が良かった。なのに…これじゃ、私はただ、人をいじめたい人にいじめられるために連れてこられただけの――…本当に、なんなんだろう?

「ふ、ぅええ……!」

私には、趣味が悪い人に殴られ蹴られるぐらいの価値しかない。世界から突きおとされるようにして、泥まみれの地面の上に転がって1人で死んじゃうんだろう。太陽に願いをかけても届かないならいっそ、私も独りきりで燃えて、早く焼き切れてしまえたらいいのに。

「…なんで泣いてる。俺にされたこと以外で勝手に傷つくな」

両方の手首を捕まれ、黒野お兄さんにシーツの上に押さえつけられた。怖くて嫌なのに、すごく力が強くて、全然動かない。

「やだァ!はなして黒野お兄さん!」
「お前がこれから泣いていいのは、俺がお前をいじめた時だけだ。リン」
「い、いじめられたくないですぅぅ…!」

背を反らせたり、なんとかして黒野お兄さんの下から逃げ出そうとしていたら、がりっという音と一緒に首の横が痛くなる。
くい込むような痛みにひぎゃ!と声をあげて目だけ動かせば、黒野お兄さんの頭がそこにうずめられていた。フーッと荒く息をする音も聞こえる。

「っや、だぁ!!ゆるして、かまないで…イッ!!」

返事がわりに、また歯がくい込んできて、反らせていた身体が痛みにゆるんだ。また白いシーツの中に、身体が逆戻りになる。ぼろぼろと壊れたように涙だけは止まらない中、噛み付いてきた黒野お兄さんの姿を、怖いながらもう1度見上げる。
口を離して顔を上げた黒野お兄さんは、また金色の目をギュッと細めて私の姿を見つめ、血で少し汚れた薄い唇は、ゆるく弧をえがいていた。私の手首をつかむ手にますます力が入っていた。

「(怖いよ…痛いよ…)…おねがい、します…いじめないで…」

背中が寒くて、体は震える。首はジンジンと痛んで仕方ない。握っていたはずのうさぎさんも、もうベッドから落ちていた。
それでも、それなのに、黒野お兄さんは楽しそうに、幸せそうに私の手首を離して、自分の唇についた私の血を、指で拭った。

「ハァ……可愛いな、お前。思っていた以上に、俺の好みだ」

Next?
04
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