『非検体の意識レベルが低下。バイタルが下がっています』
『一時中断だ、黒野君!』
「うるさい奴らだな…」

こぷ、と今度は血混じりの胃液を吐いて、床に転がる子供、燐・火風はしつこく握っていた補助杖を手放して、意識を失った。内臓までやってしまったか。久しぶりの最適な弱さがある子供相手に興奮して、力加減を間違えて殺したかもしれない、と思ったが、微かではあるがまだ息はしているようだ。小さく細い小枝のような見た目の体のわりに、丈夫らしい。

「(だが、最後に殴った時…一瞬空気が燃えたように熱くなって、クッションでもあるかのように拳の入りが浅かった……あれは、風圧か?ほとんど防御層としては意味がなかったが)」

実際、死んだように転がっている。つまり死ななかったのが精一杯という状態だ。だがあれが、俺と同じ第三世代のこの子の能力の一旦だろう。

「…あの泡をくったような状態から、本能的に死なないために防御したのか…」

殴られ慣れているのか、死にたくなかったのか。
どちらにせよ、そんなことは関係はない。ただ、気に入ったのは気に入った。強者に抵抗されるのは嫌いだが、弱者が生存のために足掻くような、必死で弱々しいものでしかない無意味な抵抗は、うっとりとするほど尊くて好ましい。それにその些細な足掻きで長持ちしてくれるのは悪くない。いたぶるのに都合がいい子供は、社会の倫理的になかなか手に入らないからな。

「燐・火風…君で遊ぶと、しばらく満たされそうだ」

ぷに、と赤黒く腫れあがった頬を指でついた。いい…噛みちぎりたくなる、俺好みの柔っこさだ。

***

翌日。
私は、治療室の天井とおはようをした。
痛みがずきずきとぶり返してくるのと一緒に、消しとんだ記憶をうっすらと思い出して、あまりに経験したことがないことに泣いていると、「よく初日に死ななかったね。さあ、今日も頑張るんだ」と白衣の人が朝ごはんのプリンを特別に二つくれた。でも、やっぱりまたあの、優一郎・黒野さん…とかいう、私が勝手にとはいえ、思っていたのとだいぶ違ったお兄さんのリハビリを手伝いに行かないといけないんだという事実に、また涙が出た。
そしてその日は、首を絞められると人間は本当に息ができなくて、酸素を求めて口をぱくぱくと開けて、簡単に死んでしまいそうになるということを、お兄さんの手で知った。

翌々日。
また昨日と同じ治療室の天井におはようをした。全身が動きたくない、もう行きたくない。殺されると言っているけど、白衣の人は「今日も黒野君の相手を頼むよ」と言ってきた。いちごミルク味の飴をひとつくれた。3日目で、点数が満たなかった私にはこの仕事しか、もうここにはないんだと悟った。転がした飴は、口の中の傷にあたって痛いし、甘いのに泣きたくなるくらい血の味がした。
この日のリハビリで、やり方さえ知っていたら人の肩は、簡単にはずせるのを身をもって知った。入れる時も痛くて痛くて、頭が割れそうなくらい泣いた。黒野お兄さんは私が泣いてやめてと叫ぶほど、楽しそうにしていた。
どうしてこんなことを、会って3日の私にするんだろう。
1日目から、わけがわからないまま殴られたり殺されそうになったりしていたけれど、わけがわからない中に、初めて疑問が生まれた。

翌々日の次の日。そのまた次の日。
私の部屋は、治療室になったのかもしれない。毎日起きたら、同じ天井が目に入る。
聞くタイミングがないまま、身体に傷が増えていった。あのお兄さんに、本当にリハビリはいるのでしょうか。子供の私には判断できないかもしれないけど、あんなに嬉々として私をこんな包帯やガーゼで覆われた姿にしているのだから、もう十分では?と思う。だが、白衣の人は「偉いぞリンちゃん。まさか初めの一週間で壊れないとはなあ」と、みかんゼリーをくれた。来週も5日間同じ目にあうんだと思った。本当に、どうしてこれがリハビリなんだろう?お兄さんは、どうして私を殴ると幸せそうなんだろう?わからないことばかり。

「…なんで、かな…」

せめて、来週に黒野のお兄さんと顔を合わせるときは、死ぬ前に理由くらい聞けたらと思って、内出血で腫れあがって見にくい瞼を閉じた。


next?
03
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