灰病とは。
私たちのような第三世代と呼ばれてる発火能力者が、体内の酸素を使い尽くして"発火限界"を迎えるのを繰り返した末に、体が炭化していく病。

「(そんな病になるほど、能力を使った人なんだ…その人のリハビリを私が……)」

やれるのかな?と、少しだけ不安に思いながら、子供向けに書かれたテキストを閉じる。
数日前、「灰病にかかったとあるお兄さんの身体が動くようにケアをしたり、能力をまた問題なく使えるように手伝ってあげてほしい」とは言われたけど、まず灰病という病気が私にはわからなかったから、わかりやすい資料を借りてみたのだ。
結論として、同じ第三世代の自分もかかるかもしれなくて、とても能力を使いたく無くなる病だと思った。

「(でも、そのお兄さんは灰病になってもまだ能力を使って働いていきたいんだと思っているんだよね…)」

きっとすごく命を削るほど頑張ってきて、周りからも期待されてる人なんだろうな。
そうだとしたらすごいお兄さんなんだろうな。私なんかがリハビリを手伝っていいのかな、と思いながら、ぎゅっと閉じたテキストを胸に抱きしめた。

「リンちゃん」
「!は、はい」

白衣の大人に名前を呼ばれて顔を上げる。白衣の人の、いつもとひとつも変わらない笑顔が目に入る。

「さあ、今日からリハビリを手伝ってもらうよ。お兄さんにもしっかり話はしてあるからね」
「は、はい…あの、でも、リハビリってどうしたらいいんでしょう?」
「はは、君は真面目だなぁ。難しいことはないよ。君はお兄さんにただ…いや、遊んでもらうだけでいい」
「遊んでもらうだけ……ですか?」

緊張していた分、思ってもいない回答に拍子抜けした。

「ああ、それが彼にとって1番いいリハビリだからね。彼は子供が好きなんだ」
「そう、なんですか…」

再起を周りから期待されていて、子供好きなんて、きっと、その灰病のお兄さんは素敵なお兄さんに違いない!
そう思って、期待にかっかと火照り始めた胸を抑え、お兄さんが待つ部屋に軽くなった足をすすめた。

***

――どうして、こんなにいたいの?

「おえ、ぇっ…!!」
「…ああ、君はいい鳴き声を出すな。腹もやわっこい。蹴りが綺麗に食い込む」

通された部屋は、テストの部屋とそう変わりない、隣部屋から見れるようにガラスの張られた部屋だった。
その部屋で、お腹への激痛に両手で握りしめた補助杖伝いに膝から崩れる。びちゃびちゃとお腹の中の、にがずっぱい液を、どうすることもできずに白く冷たい床に吐き散らした。
消えない痛みと、生理的な涙で潤んだ視界に私と同じ色の目をしたお兄さんの姿が入る。こんなお仕事なんて、聞いていない。黒くなっている片腕には包帯が巻かれている。
あれが、灰病?これが、リハビリ?いきなり、蹴り上げられることが?

『黒野くん。せっかく君が好みそうな子供をリハビリ用に用意したんだ。早速壊さないでくれ』
「うるさいな。この子で俺が楽しむ時間だ。大体弱いくせに俺に指図するな」

ふぅ、とイライラした様子で黒煙を口の端から息と一緒に吐き出したお兄さんは、床に崩れ落ちたままの私の前にしゃがみこんで、私の服の襟を掴んで、楽しそうに目を歪ませた。
怖くてたまらなくて、ひゅ、と呼吸の音がもれた。

「君の名前は、リン…ちゃんだったな。女の子だと聞いていたが、男の子でも通りそうだ」
「っや、やだ…は、離してください……!」
「いい。そそる顔をするね…そうやって怯えていてほしい。これから毎日、俺のリハビリが終わるまでたっぷり楽しめる」
「こんな、の…いやだよォ!許して、おにいさ……」
「俺は優一郎・黒野だ。よろしく、リンちゃん」

楽しげで穏やかな声とは裏腹な激しい打撃音と痛みが頬を貫いて、その日の記憶は、そこで全部吹き飛んだ。


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