手を貫いた痛みに怯んだリンの襟首をつかまえて、防音の寝室に投げ込んだ。俺の煤で作ったナイフが刺さっている手を庇ったまま床に転がって、「痛い」「いやだ」と泣きながら部屋の隅へと逃げ、心底怯えたようにきゅっと目をつぶって丸まった。まるで家に来たばかりの、俺を愛していなかった頃のようだ。
小さな身体全体が震えていて、まさに小動物のように見えた。無理やり組み敷いて噛み付いてやりたいくらい可愛い反面、今はこの可愛さを利用して俺についてきただろう嘘が憎たらしかった。
きっと、リンが俺を愛しはじめたというのも、消防隊に入るための嘘の1つだったのだろう。なんて、つらいんだ。
ガンッと、丸まっているリンの横の壁に足をつけた。音に驚いたらしいリンの肩が跳ねて、一際震え上がる。そんなにも弱く惨めで美しい生き物なのに、そのままのお前のまま、俺のそばにいてくれようとしないのは何故なんだ。
若干、壁にヒビが入ったが、それは仕方ない。退去時は、不動産屋を黙らせればいい。

「リン、拷問されているような顔をするんじゃない。俺は質問してるだけだ。そうだろう?」

…顔も上げず、目も開けず、何も答えようとしないリンに腹が立つ。纏った黒煙からもう1つナイフを作り出した。そのままリンの片腕を掴んで、体を持ちあげる。フローリングに、まだ新鮮な赤が垂れた。少しリンは苦痛に呻いたが、それでも俺をリンは見ようとさえしない。どうしてなんだ。俺はお前を、こんなにも愛しているのに。
掴んでいない手で、ナイフを握り直した。

「お前はいつから俺に隠し事なんてしていたんだ。自殺を謀った時からか?」
「…」
「リン、正直に答えろ。俺は人間の壊し方をよく知っているんだぞ。死なせずに長く苦しませる方法もだ」
「……」
「……本当に、俺を愛していないのか?」
「…、…」

ぴくり、と伏せられていたまつ毛が震えて、ゆっくりと開いてようやくリンの瞳が俺を見た。
その目は恐怖を隠しきれていなかったが、その奥にチリ、と小さな炎が見えた。リンの中になど、存在しなくていい、強さを感じる炎が。
少し驚いていると、リンのふっくらとした唇が震えて、開いた。

「ふ、……」
「リン、」
「…子供は、嘘をつくもの…でしょう?」

だから全部、嘘ですよ。
そう言って、諦めからのはずなのに、負けたとは思えない…むしろ挑戦的にも見える笑みを、リンは浮かべた。
弱くまだ幼いくせに、自由を生きようと足掻いて足掻いて。殺してやりたいほど悔しくも、生かして閉じ込めたいほど美しい。
やはり、離したくない。他の誰に、やれるだろうか。
愛している。愛している。愛している。
だから、今度こそ偽りなく俺を愛して、飼い殺させろ。命を奪うのは、やめておいてやるから。

「大人を弄ぶ悪い子は、躾をして閉じ込めておくしかないな」

壁にリンの体を押し付け、そのまま縫い付けるように、まだ何も突き刺していない手の甲に、煤のナイフを突き刺した。
2回目のリンの悲鳴は、よくベッドの上で聞く、耐えるように押し殺したものだった。
ああ、興奮する。興奮は、するが。
どうしたら、お前は一生、俺だけを愛してくれるんだ?

next?
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