真っ白い空。冬の空。
ついに、ついにこの日が来た。
黒野さんを仕事に送り出して、飛び出してきた。
先に訓練校の入学試験会場に入っていった、私と同じ歳の子達は、友達と連れだってきていたり、親に連れられてきたり、一人でお守りを握りしめて緊張していたり、色々な顔をしていた。私も、その色々な顔をした子のうちの一人なのだけども。
うさぎさんは置いてきた。さすがに必要な物以外、持っていくわけにはいかない。指先に掴むものがない落ちつかなさをトートバッグを握りしめて緩和する。落ち着け、不安になるな。ここまでバレないように頑張ってきたじゃない。

「(…ここで受からなかったら私は…ううん。限られた中で、やるだけのことはやってきたはず)」

だから、もしダメだったとしても後悔はない。
でも、できることなら太陽神様、私の未来をどうかお守りください。
私に、私だけの人生をお与えください。
冷たく白んだ空を仰いで、祈るように白い息を吐き出した。

***

訓練校の門の前で、空を見上げて白い息を吐く、長めの緑の髪の女子がいた。
それだけのことだった。それだけのことなのに。
遠く高い場所を見るような、横顔から目が離せかった。
ぶっちゃけ、学校の女子にはいないような大人な感じで、キレイでーー

「(…すげーかわいい…)」
「…?、あ」

見つめたまま動けなくなっていたら、彼女の金色の目が動いて俺に気づいた。
ぱっと空を見ていた体勢を変えて、恥ずかしそうに顔を少し赤くするもんだから、こっちまで胸がぎゅっとなった。

「えっと…見てました…?」
「ま、まあ…そんなとこにいられたらな」
「そ、そうですよね…恥ずかしい……1人で浸ってた変なやつみたいなのは忘れてくださいな」

もしかしたら、同級生になるかもしれませんし。

「…あ!でもまだ受かるどころか試験もしてないのに、それも気が早すぎますよね!」

ますます恥ずかしそうに赤くなって、1人で慌てふためいてそんな事を言っている姿にさえ、何故かどきどきする。可愛い。
こいつも、俺と同じ消防官になりにきたのか。
入学してまた会うまで忘れられないだろうし、同期になりたい。と本気で思った。

「…火鱗」
「え?」
「俺の名前だ。火鱗佐々木」
「!…火鱗、くん?」

確かめるように名前を呼ばれるだけで、ますます胸がどくどくと脈打つ。

「で、お前の名前はなんだよ」
「私の名前は…、……もし受かったら、火鱗くんを探して教えに行きますね」
「はあ!?なんだよそれ!」

思いついた、という顔をする彼女に抗議の声を思わず上げる。お前の名前が知りたかったから名乗ったのに!
でも彼女は動じずに、ふっと息を漏らすように笑った。
その笑い方が、やけに寂しそうに見えた。

「…先にお名前を知ってくれてる人を作ったら、受からなかった時に泣いてしまいそうなんです」

ごめんなさい。と一言残して、彼女は白いワンピースの裾と軽そうな緑の髪をゆらして、門に向かって先に1歩踏み出し、1度だけ俺に振り返って、今度はにっこりと笑った。

「合格、しましょうね!」

すぐさま向き直って門の中に駆けていく背中に、絶対に合格しようと思った。
…でも、全ての試験が終わったあと、最後に1度くらい声をかけようかと姿を探した時、緑の髪を揺らす姿はもう無かった。

next?
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