結果的に言えば、私は完全に勝利を納めた。
身体への負担は大きかったけど、手に入れた信用と自由には変えられない。渡したプレゼントも、中身を見ても表情を変えなかったから一瞬心配したけど、黒野さんは内心ですごく喜んでくれていたらしい。その証拠に、捨ててもよかった外箱や包装紙すら、翌日、ベッド横のラックの引き出しに大切そうにそっとしまってるのをシーツに埋もれたまま目撃してしまった。そこまでするほど喜ぶとは思ってなかったので、ちょっと怖くなった。
それに、休み明けからはすぐさま今まで使っていたシンプルなネクタイピンをやめて、毎日バックルと同じドクロのデザインのをしていくようになった。そう、まさしく、私がプレゼントとして贈った、ネクタイピンである。
そして、今日もそれは出勤前の時間に、私におとなしく包帯を巻かれている黒野さんの黒いネクタイをしっかりと止めている。

「(それなりにちゃんとしたのを買ったとはいえ…ここまであらかさまに喜ばれると、恥ずかしいというか…なくしたり壊れた時が心配になっちゃいますね…)」
「リン、巻き方がゆるい」
「あ、ごめんなさい…今日もそのネクタイピンだなあって思って」
「…お前が初めて俺にくれたんだ。ずっとつけるに決まっている」

やめてくださいよ。そんなに嬉しそうに目を細めないで。私は貴方に同じ思いを返せないのだから。

「…最悪なくしたらなくしたでいいんですからね?」
「なくさない」
「壊れたら捨て…」
「絶対に壊さない。もし壊されでもしたら、壊したやつを完膚なきまでに叩き壊す」

あまりにも物騒な愛情の表現に頭を抱えてしまいたい。私はそんな愛は本当に望んでいない。この人はなにもわかっていない。

「優一郎さんは…私を好きすぎますよ」
「他の全てより好きだし、愛している。それが悪いのか?俺の全てを受けてくれるお前がいるならなにもいらない。ずっとお前と二人で暮らしていけたらいい…リンだってそう思うだろう?俺を、愛しているなら」

頬に触れる手つきは優しい。だから本当は優しいのだと、勘違いしそうになる。私が好きで仕方ないだけだって。
けれど、そんなわけがないのだ。この人は感情から、些細な行動から、暴力性を切り離せない。それにたとえこの先、この人が大切の仕方を覚えてきても、傷つけられすぎてきた私は恐怖ばかり蒸し返す。
だって、愛されているとわかっている今も、震え出しそうな身体を抑えるのが大変なのだから。
出会いからここまで、私の中の貴方の印象が完全に書き変わることはなかったのだから。
とてもじゃないが、同じ部屋で同じ夢を見続けることはできない。

「リン…次の俺の昇進がきまったら、もう少し広い部屋に移ろう」
「わあ…!決まりそうなんですか?」
「ああ…来年の春先まで待っていろ。部屋を移ったら、本棚を新しく買おう。お前が好きな本も、映画も置かせてやる。そういうものがお前は好きなんだろう?物なら、許してもいい」
「ふふ…優一郎さんが一番好きな人ですよ」
「……もっと言ってくれ」

…来年の春先、その夢のような話から私がいなくなれますように。
入試の日は迫ってきている。この先の運命を変えられるかは、あとは私の、努力次第だ。

next?
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