黒野さんの誕生日を完璧に祝うため、いつもより品数多めに挑戦してみた。やわらかいムースケーキだって買って来た。求められても応えられるようにお風呂も済ましてあるし、肌にちゃんとボディミルクも塗りこんで、唇は色つきのリップでつやつやに。乾かした髪も念入りにブラシをかけて整え直した。この日のためのプレゼントもちゃんと用意してある。あの人がなにを喜ぶかわからなくて悩んだけど、完璧、だと思う。私はやれるだけのことはした。GPSで私のいつもと違う動きを見て、今日の月日を思い出したら、気づいてるかもしれない。でも、それはそれがいい。むしろ、黒野さんの誕生日を祝おうとしていると、黒野さんには気づいていて欲しい。「喜んでもらうためのサプライズがしたかったのに」という舞台演出が、今日はなによりも必要なものだから。

「……これを、絶対に外させなきゃ」

チョーカーにそっと触れた時、ドアノブがまわる音。慌てて玄関の方に向かって、にっこりと目を細めて微笑んで黒野さんに真正面から抱きついて迎えいれる。大丈夫、ここまで丹念に準備した今日の私は、この人だけをまっすぐに愛してやまない、世界で1番の美少女に違いないはずだから。

「リン、ただいま」
「おかえりなさい、優一郎さん!あのね、今日は何の日か知っていますか?」
「今日は1日、俺の誕生日の準備をしていてくれたんだな」
「はい!……えっ!?な、なんでわかっちゃったんですか?!」

いかにも驚いた、というように黒野さんのシャツに埋めていた顔を上げて首を傾げれば、頭を撫でられる。

「GPSで寄っていた店でわかった」

やっぱり。ああ、でも、今日はそれでいいんです、黒野さん。ありがとう。
うまく運んで笑ってしまいそうな、暗い昏い本心を心の底に押し潰した。体を離しながら残念そうに、でも愛らしさを忘れないように地面に視線を流しながら俯いて、拗ねた顔をしてみる。そうすれば、黒野さんは身体をぴくりと動揺したように反応させて、私と視線を合わせようとかばんをおいてしゃがみこんで、私の顎をつかんだ。寒気がする灰の匂いがする。

「リン、どうした?なにか嫌だったのか?」
「いえ…でもせっかくサプライズで、優一郎さんを喜ばせてあげたかったのに…」
「サプライズ…?」
「はい……秘密で用意できていたら、その方がもっとびっくりして、喜んでくださるかなって…」

ああ、でも、GPSがあったら無理ですよね。
鏡の前で何度も練習した角度に首を傾けて、はにかんだように、悲しげに、眉を八の字に下げて黒野さんに笑って、忘れてくださいと告げた。
本当に忘れられたら困るけど、黒野さんが少し考えるように視線を一瞬下げたのを確認できたから、魅力的な申し出には思ってもらえたかもしれない。十分な反応だということにしておこう。まだ始まったばかりだ。

「あ、玄関で引き止めてごめんなさい。誕生日だしって、プレゼントだけでなく、色々お食事用意したんです。お風呂も沸かしていますし…私も、その、見ての通りちょっとだけ準備してて……ね?」

だから早く祝わせてください、と黒野さんの手を指をからめるように握って頬をくっつけ、ちらりと瞳だけ動かして黒野さんを見つめる。あまり表情は変わらなかったが、その目はどろどろと、確かに私への熱に浮かされていた。

「リン…お前が好きになりすぎておかしくなりそうだ、リン。これ以上喜ばせてどうする気なんだ?リンを、お前を。愛情を、全部独り占めしていいと…信じたくなる」

そうしたくて、私をここまであらゆる手で追い詰めてきたのに?
そう、少しだけ綺麗にした唇の隙間から零れそうになったけれど、飲み込んで私はもう一度はにかんで笑って見せた。

「…信じてください。私の身体も、心も、人生も、全て優一郎さんのものだと」

next?
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