絶対に、絶対にここから逃げださないと。
黒野さんと想いを重ねたことにしたら、大変舞い上がってしまったらしい黒野さん。まさかそれで、愛の囁きも夜の長さも倍くらいになってしまうなんて思わなかった。信じられない。このままだと、体がきっとおかしく作り替えられてしまう。最近でさえ、お腹の一部分を黒野さんに撫でられてぐっと押されるだけで、腰が跳ねて、変な声を上げちゃう自分の口を両手で塞ぎたくなるのに。塞がせてはもらえないけど。子供の私の体をそんな風にしてしまうぐらい、あの人の想いは強い。
こうなってくると、結婚するしないとか、そんな話どころではなってくる。実際、私にはもう、あれほどのおおきな感情を大人の男性から向けられても、あんな風になるとは思わなかったとしか言えないし、ああなった責任をとれないとしか思わざるをえない。
これ以上、私のたくさんの嘘の気持ちで黒野さんのおかしな愛情の矛先を私で占めて、誇大してしまう前に。取り返しがつかなくなる前に。
やっぱり私は、ここを離れなきゃいけない。
腰を擦りながら階下に降りつつ、「行ってくる」と朝方ベッドから動けない私の額にキスをして、私にチョーカーをつけてでていった黒野さんの機嫌よさげな背中を思い出す。


「(幸いなことに、願書はもう見つからずに出せてるし…)」

取り寄せてから家具の隙間に隠してやり過ごして、灰島重工の表向きの保護施設からの枠で提出した訓練校への入学試験の願書。住所や細かい個人情報の内容は割愛されていたし、印鑑は拇印で全て済ませたからもしかしたら変な顔をされてるかもしれないけど、お願いだから不審がらないで欲しい。
祈るような気持ちで、マンションのポストを見に行く。この時間が郵便屋さんが来てくれる時間なのはよかった。黒野さんが出勤したあとだから。

「…!あった…!」

訓練校からの封筒を見て、急いで取り出して胸に抱きしめ、部屋にかけ戻り中を見る。

「やった!入学試験の案内書類!!」

初めてコインロッカーから、灰島に引き取られたことを感謝した。ありがとう、推薦施設枠!
これで希望の光はまた1つ、つながった。あとは私の努力だけ。
胸がこんなに高鳴って、頬が熱く上気するのはいつ以来だろう。シンラと友達になれた時かな?ああ、でもあんまり高ぶりすぎたら体温調節が難しくなってしまうから、だめ。冷静になりましょう、リン。落ち着かなきゃ。まだ半年以上、黒野さんには知られるわけにはいかないんだから。

「(入学試験は冬……行くためにも、私がしなきゃいけなのはこのGPSのチョーカーを、黒野さん自身の手で、完全に生活から外してもらうこと)」

GPSを黒野さんは結構しっかり見ていることは、夕飯時に交わす会話の内容から分かっている。だから試験会場に行ったことがバレたら、それで私の希望は間違いなく潰える。それは絶対に避けなければいけない。
ともすれば、黒野さんとの決戦は秋だ。

「(やっぱり9月の黒野さんの誕生日…この日に私は完璧な恋人になって、GPSを外してもらえるように交渉する……最後の正念場だ)」

合格さえすれば、私は自由になれる。
私は、ようやく私の人生を始められる。
あのコインロッカーの外に、本当の意味で出れる。
あの人の愛に、負ける訳にはいかない。

next?
23
/