「お前が外で、なにを考えているのか、たまにわからない行動を感じる。家事を覚えてくれるのはわかるが…勉強に熱心なのはわからない」

お前が必要以上に学を知ることはないだろう。
ごり…と額を押し付けられる。ついにこの質問が来た。返しは前から考えていたけど、いざ来ると緊張感がすごい。意を決して、黒野さんの肩に手を添えて押し返しながら言葉を紡いだ。

「私が勉強しているのは、嫌ですか?」
「ああ、嫌だ。お前はなにも知らなくていいし、本当は何も出来なくてもいい。俺が、全部してやれるからな」
「…けど優一郎さんの隣にいるのに、教養がないのは恥ずかしくて…基本的なことくらいは、独学でも学んでおきたいと思ったんです」
「…大人を丸め込もうとしてないか?」
「そんなこと…こんなに優一郎さんのことだけを好きになったのに、信じてくれないんですか?」

優一郎さん、大好きです優一郎さん。
できる限りの甘い声を出して囁いて、首に腕を回して、縋るように抱きしめてみた。すると黒野さんは、驚いたようにびくりと身体を固まらせた。その反応には私の方が驚いて、思わず「え?」と声が漏れた。

「…お前からの"好き"は、初めてだ…」

そういえば、そうだった。いつも黒野さんからの愛情の言葉に返すか、言ってくれとねだられて言わされるだけだったから、自分から好きとか言ったのはこれが初めてかもしれない。

「そうか…俺を好きになって、くれたのか」

「リンが、俺を…」と感動を噛み締めるように少し震えた小さな声が、耳に届く。
たしかに好きになる努力はするというようなことを言ったきりで、好きになった、とゴールを告げていなかった。そうか。告げてなかったから、私が本気で黒野さんを好きになっているのか、この人は私が黒野さんを好きになってるって自分に言い聞かせているだけで、実は自信が持てていなかったのかもしれない。いや、最初からここまで全てが逃げ出すための私の嘘には違いないから、その不安の方がこの人にとっては正解なんだけども。

「(でも、これはチャンス…なのかな…?)」

私が裏切る不安がこの人からなくなって、この人の気がまたひとつ緩んだように思う。それは、チャンス、でしかないと思いたい。だって、このまま私の愛情が自分から離れていかないと信じられたら、思っているより早く、あのGPSだってはずしてくれるかもしれない。
…けど、本当に?これはチャンスなの?

「リン」
「は、はい」

ぎゅう、ときつくきつく抱きすくめられて、この偽った告白が希望になるのか、私の絶望になるのか答えは出ないまま、不安と思考がさえぎられる。

「絶対に、一生離さない。俺をこんな気持ちにさせるのはお前だけだ。結婚しよう」
「!?…も、もう!何回プロポーズするつもりなんですか?」
「何度でもだ。お前が結婚できる歳になるまで、言いたいだけ言わせて欲しい。悲しいことに、まだ何年もあるんだ。その間に、お前の愛情が他になんか流れないようにな」
「そんなこと、ありえませんよ…」
「ああ、そうだ。だから、ずぅっと俺を大好きでいてくれ。もしも浮気でもされたら、悲しみのあまり、人口からその数が減ってしまうかもしれない」

自分が痛いのはヨくなっても、他人が悲しいのはお前は嫌だろう?
私を抱きしめたまま、ぐりぐりと嬉しそうに肩口に頭を擦りつけてくる黒野さんの柔らかな声で語られる言葉に、また少しだけゾッとした。
やっぱり、私では傍にはいられない。この人からの重たすぎる感情を受け止めきる自信が無い。
けど、幸せに眩んで、嘘の愛情に酔っているこの人は、幸いなことに私の息を飲むような緊張と恐怖に張り詰めた感情に気づかなかった。
その証拠に、私と少しだけ体を離して、心から嬉しそうにとろりと歪ませ、蜂蜜に溺れたような金色の目を三日月型に。唇はにんまりと弧を描いて、「リン」と私の名前を愛おしそうに呼ぶ。

「早く大人になれ。俺と結婚するために」

next?
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