目で追っていた、端末の中で点滅する光の点が正しい位置でとまったのを見ながら、らしくもなく詰めていた息を深く吐き出した。まだ昼前で人が少ない寄り合いの休憩所で、紙カップのコーヒーを啜る。
「(…銀行には、無事につけたか)」
恋人を持つというのは初めてだからな…本当は死んでも外に出したくなかった。俺の籍にまだ入れていない以上、灰島の裏の顔を知るサンプル個体という身分は変わりないことにかこつけて、家に閉じ込めていたかった。
小さくてか弱い、健気で幼い恋人を持つと、気苦労が多い…やはり出さない方が良かったかもしれない。
「(だが、…)」
家にただ置いておいたリンは、自殺の真似事をした。自殺や自傷などといった愚かなことをするくらい、精神も体も幼いリンにはまだ、俺からの好意を理解できてなかった。薄々、理解されてないが故か、怯えられているのには気づいていたが。それでも今は、『優一郎さん』と健気に呼んで、俺からの愛を可愛らしく受け入れると言うから、またころっと死に急ぐのを防ぐことも込みで、リンの願いをつい、聞いてしまった。
「(…リンが今より俺にベタ惚れになるのはいいが、複雑だ)」
「やあ、黒野君。試験的に作ったGPS付き首輪の調子でも見てるのかい?」
「……」
リンのことを考えてる時に話しかけてくるなよと思いながら視線だけを向ければ、開発陣の研究者の1人が寄ってきた。
「早速試してみたんだろう?被験者の躾用に作った分を」
「……そうだが。結果なら、十分に使えている。良かったな。消えろ」
「君も引き取った子に中々酷いことをするよなァ。火力もまともに出せない価値がなかった検体とはいえ…ええと、名前は確かリンちゃ…ぐえっ!?」
「…お前に、リンのことがなんの関係がある」
気安くリンの名前を呼ぶことも。覚えていることも。関係に口を出されるのも。俺に気安いのも、全て、全て、気に食わない。
「あ、がっ……!」
「発言には気をつけろ…次に調子に乗ったことを言うつもりなら、へし折るぞ」
ぱっと掴んだ首を離せば、研究員は後ずさって逃げていった。…しまったな。名前を確認しておけば良かった。
***
「(ぜろがいっぱいくっついてた……10万の位までしか読めなかったなあ……算数の勉強しなきゃ)」
お金は足りそうだけど、自分の頭の課題の多さに溜息をつきながら銀行を出た。
「ラートム」
「え?」
溜息をついたら、目の前にすっと赤い風船をさし出された。消防官の格好をした、おおきな犬のお人形さんから。動揺してあとずさったけど、その横にはもう1匹の犬さんと、猫さんもいた。
「……くれるんですか?」
「ラートム、ラートム」
よくわからないけど、消防官の格好だし、可愛いから、悪い感じはしなくて、風船を受け取った。こうやって風船を持つのも、はじめてで、ちょっとだけ嬉しくなった。
「ありがとう、犬さん!」
犬さんたちに手をふって別れて、帰路を歩く。
でも、家の前まで戻ってきて、風船をもらって帰るのは許されるのかがわからなくなって、足が止まった。
「……知らない人から貰って喜んだら、怒るかな…?」
私を外に出したくない。私の全部がほしいと言う黒野さんだから、嫌がるかもしれない。だとしたら、これからも外を歩くために、余計な怒りを買うわけにはいかない。
でも、街で過ごした初日の思い出の品を手放すのは………
「………ううん。がまん、する」
ぱっ、と風船を繋ぎ止める紐から手を離した。風船が上に上にと、届かない場所にあっという間に逃げていく。
「……今は、思い出より先のことを考えなきゃ」
高い青に小さくなって消えていく赤を見送って、家に入った。
next?
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