テレビ画面の中の女優さんを見つめる。
愛する男性の視線に気づいて、嬉しそうに笑って蝶のように軽やかな足取りで、男性の胸の中に飛び込む。埋めた顔をあげて、誘うような、憂いをのせた流し目がアップになって…

「(目の流し方、たしかに私までどきどきする。これが魅力的ってやつなのですか…)」
「リンちゃん」
「あ、看護師さん」
「保護者のお兄さんが退院の手続きをしてるわ。早く行ってあげてもらってもいい?」
「あ、はい…」
「ごめんなさいね。保護者さん、早く貴女を返して欲しいみたいで…」

私を早く出せ、と不機嫌そうにしている黒野さんが簡単に想像できて、困った顔をしている看護師さんやお医者さんたちに申し訳なくなる。

「すみません…すぐ帰りますから」

けれど、さっそく入院中に見続けた女優さんの演技の真似を試す機会になりそうではある。
そう思いなおしてうさぎさんを抱きしめ、テレビを消して黒野さんのもとに向かった。

***

「黒野さんっ」
「リン…!?」

病院の入り口あたりに見つけた黒野さんの姿に、自然に見える笑顔を浮かべてみせて、蝶のように軽やかな足取りで胸の中にうさぎさんごと飛び込んでみせる。
そう、画面の中にいた魅力的で愛らしい女優さんのように。

「どうした…?やけに今日は、甘えたな…」
「黒野さんと離れて一人で眠るなんて何年もなかったから、ちょっとだけ寂しくて…」

外では、いけませんでしたか?と、顔を上げて、悲しげに流した視線を黒野さんに向けてみる。女優さんのオマージュは完璧だ。軽やかな走り方も、男性の頬に添えるしなやかな手先の動きも、何度も練習したから。

「(あとは黒野さんにわたしの演技力が通用するのかだけど…)」

その不安はすぐに解消された。
最初、黒野さんは驚いた猫のように固まっていたが、そのあと嬉しそうにわたしを抱きすくめたから。

「素直にそう言えるようになったのか、リン。いい子だ…今日からはまた俺と一緒だ」
「はい。嬉しいです…黒野さん」

気を抜かず、うっとりとした表情を浮かべて顎を撫でられたあと、しっかり抱えられて病院から連れ出された。

「(この手でいけそうです…!!)」

人を騙すのはいけないこと。感情を振り回すような嘘なんて、もっといけない。わかってる。わかってて、それでもやる。だから、人の気持ちを欺いた私は、いつか地獄に落ちるかもしれない。でも力のない私には、もうこうして全身で、愛に愛を返すふりをして、黒野さんの心を掴むことでしか、逃げるための道筋を隠し通すことはできない。

「(私がこの人を騙す、女優になる)」

女優という名前の、悪女に。

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