手首の傷と精神面の安静のために、しばらく病院で過ごすように言われてるのに。
誕生日プレゼントにうさぎさんのぬいぐるみを持って何回目かのお見舞いにきた黒野さんは、しばらくのお預けに耐えきれなくなったらしい。
事情知りの病院と、個室だからって一度だけと身体に手をかけられて、現在ーー。

「ん、む…っく、ろの…さ……」
「ん…うさぎは気に入ったか?リン」

乱された服を直したあとも、ちゅ、ちゅと唇を貪ってくるから、腕の中のもらったばかりのうさぎさんをぎゅ、と抱きしめる。…精液とか、うさぎさんにまでかかってない、よね。

「ん…大事に、しますね…」
「ああ…今日はそろそろ帰るが、早くうちに帰れるように、医者に話しておく」
「…はい」

黒野さんの腕から逃げ出したい私としては、嬉しくはない提案だけど、またこじらせたくはないから素直に頷いた。

「看護師にも…ベッドメイクを頼んでから帰ろう」
「…お願いします」
「やってみてわかったが、病院でするのは後の処理が面倒だな」

あまり好ましくなかった、といいたげな顔をする黒野さんに、じゃあ興味と衝動でこんな場所で子供の私に手を出さないでほしいという感情が、ちらっと出そうになるがなんとか喉の奥に押し込んだ。ここで機嫌を損ねるのは得策ではないから、うさぎを抱きしめて首を傾げて、嘘を重ねる。

「今度するのは退院したら、の方がいいですね」
「……お前が帰ってきたら有休をとるか」

そこまでしなくても良い、と思いながら、困ったように笑い返しているうちに、黒野さんは私の頭を撫でて部屋をでていった。その姿を見送って、足音が離れていくのを確認してから息を吐き出した。

「……退院、したくないです」

私はもう、あの家で黒野さんと、暮らして行きたくはないのだ。すごくあの人から愛されているというのはわかるのだけど、私にはもう、怖くて、痛くて、一生なんて覚悟はできない。
いくら、灰島の養育用の費用が入れられた私名義の口座の自由と、昼の間の外出は許してくれると言ってもらっても、もう私の中では今更のように感じてしまうのだ。だからといって、入院が長引いてまたここで手を出されてもこまるのだけど。
家族も、外に知り合いもいない私に、逃げ場はないんだろうか。

「どうしたらいいんでしょう…ねぇ、うさぎさん」

うさぎさんからもちろん答えはない。仕方ないから、看護師さんがくるまで現実逃避にテレビでも見てよう。電源をいれてしばらくニュースを眺めていると、CMに切り替わる。

「あ…特殊消防隊の訓練校生の募集…」

そういえば、シンラがなりたいと言っていた職業だ。私と同い年のはずだから、来年度には、彼は消防官になりにいくのだろうか。

「私もシンラと一緒に人の役に立てたらなぁ…」

私はもうシスターにはなれない。教会に行くという道は閉ざされてしまった。消防隊を目指してみるにしたって、体力や能力に不安が残る。

「(…でも、もしも…もしも、です。挑戦してみて、シンラと同じ消防官として入隊できたら?)」

シスター以外の道に、ふと思い至った。
勿論、失敗する可能性の方が大きい話ではある。私の身体は、他の第三世代より熱に負けやすい。発火能力自体も、火力に価値がないと見捨てられた子供だ。それに学力だって、まともな勉強をここ数年していない。なにより、この一年はある入学準備の段階で、黒野さんに出ていこうとしていることがバレたら、多分その先の一生を、本当に本当の意味で、黒野さんに私は私を捧げなければいけないことになると思う。考えるだけで足がすくむ。
けれど、無事に全てを隠し通して合格することができたら?そうしたら、私は、黒野さんの愛から、死ななくても逃げきることができるかもしれない。

「…最後の、チャンスかもしれない…?」

どうせ、なにもしなければ私は、このまま成人して名実共に黒野さんにいじめ抜かれ、愛されていくことになる。それなら私は、ダメ元で一度くらい自分を信じて、頑張ってみてもいいのかも。
あの黒野さんを出し抜くなんて、99%失敗しそうだけど、1%でも成功の余地があるなら、人生を変えるために立ち上がってみるのは、きっと馬鹿だけど、無駄じゃない。

「(…やってみる価値はある。私が、黒野さんに勝って逃げてみせる!)」

next?
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