あ、死ぬ前にゴミを纏めておいてあげたら良かった。
私が死んじゃったら、きっと対応とかもみ消しとかで忙しいだろうから、明日出勤する時にすぐ出せるようにしてあげておいたらきっと黒野さんが楽だったのに。1人でも勝手にあの人はやるだろうけど…そういえばメモに、ウィダーゼリーがもうストックないですよ、って書くのも忘れちゃった。昨日書いておいてあげれば良かったなあ。あ、でも昨日は、おしり叩かれてたんだっけ?
……でも死んじゃったから、今更色々考えても仕方ないかなあ。私はもう黒野さんに会うことは無いし、いじめられることもない。

「(でも不思議。死んでからもこんなに色々考えられるんだ…手首を切ったあと、どんどんぼんやりしていったのに。それになんだか地面がおふとんみたいにふわふわ……ふわふわ?)」

地面の違和感に目を開けると、清潔な白でまとめられ、大きな窓がついた個室が目に入ってきた。窓から見える外は、雲ひとつない青空で、天国の色だと思った。

「キレイ…自殺なのに、天国…?」
「まだこの世だ」
「!」

体を起こして首を傾げていると、背中から聞きなれた声がかかって、心臓がどくりと脈打った。
振り替える行動に映るより早く、ぎゅうと私の身体が後ろから伸びてきた両腕にきつく抱きすくめられた。

「きゃ、あ!?」
「リン…、リン」

シーツの上に押さえつけられると思った、が、そうはされなかった。黒野さんは私を抱きしめたまま、私の名前を噛み締めるように呼ぶだけで、なんだろう、私より小さい子供のように見えて、私にそれはすごく珍しかった。思わずあっけにとられて、強ばった体から緊張がほどけていく。

「?く、ろの…さん…?」
「…生きてる、な」

黒野さんが身体を少しだけ離したのを感じて見上げれば、上からきゅっと細めた目で見つめてくる視線とかち合った。その目は、どこか私への愛情が滲んでいて、怒っているというより、ひどく辛そうに見えた。そんな黒野さんの片手が、私の頬を撫でる。…勝手な真似をって、怒ってはたかれると思ったのに。そんな反応を今するのは、私がこの人に悪いことをしたようで、ずるい。
きゅ、と手元のシーツを握りしめた。

「黒野さん…あの、ここっておうちの外ですよね?私たちのこの感じ…知らない人に見られたら、社会的にまずいんでしょう?座ってください」
「灰島が経営権を持っている病院だ。個室も用意させたし、俺とお前の関係や、ここにきた経緯は明るみにはでない」

それより、と黒野さんは瞳にあった辛そうな感情の色を、より濃くした。

「どうして、勝手に死のうとした」
「…それは、その、」
「……薄々感じてはいなくもなかったが、自殺を選ぶくらい俺と生きていくのが嫌か」

いや薄々感じてたんですか、と心の中で思わずつっこんだ。正直ぼかそうか悩んだのに、もう要らなかったらしい。それでも正直に答えるのは少し迷ったけど、ひとつだけ頷いたら、黒野さんは余計傷ついたように瞳を濁らせた。私が悪いような気がしてくるけど、多分悪いのは私だけじゃない、はず。

「俺はお前を愛している。お前が全部ほしい。お前を傷つけるのは俺だけでいい」
「(なんでこんな正直なのに後半が本当に…)それは痛みの分だけ知ってるつもりです、けど」
「ならお前も従順に俺だけを愛してないとおかしい。自分で自分を傷つける自殺なんて許されない。まだ俺よりも若いのに自ら命を絶つ選択などするな」
「…確かに自殺は絶対したら、だめなことでした。だめでしたけど、なんか黒野さんにそれ言われるとちょっと……」

生きていく辛さしかみえてなかったけど、私は自殺なんてしちゃいけなかった。それに、どんな形であれこの世界で私を唯一愛してくれているだろう、黒野さんも悲しませた。でも、私が生きていくのがつらくなって、その愛で殺されるかもしれないのが怖くてたまらない最大の理由である黒野さんに、なんで自殺がいかに悪いことか、私は真っ当にお説教されてるんだろう。そこは納得できなかった。
叱られてるのにいけないかもしれないが、どこかもやっとした感情に遠い目をしていると、無理やり身体の向きを変えられ、今度は正面から抱きしめられた。黒野さんの胸の中に飛び込むような形になってしまう。

「わぷっ!」
「リン」
「な、なんですか…」
「家だけじゃ息が詰まるなら、自由をやる。だから自殺はもうするな」
「…はい。もうしません」

おそるおそる背中に腕をまわすと、抱きしめる力が少し緩んだ。正解だった、とほっとする。
でも貴方からの、痛みを伴う愛情を、私はこの先も受け入れて生きていく自信もないから、どこかに飛んでいきたいのだと、続けたい言葉を今は察されないように飲み込んだ。

next?
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